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国基研ろんだん

2023.04.06 (木) 印刷する

警戒すべき中国の中東外交 池滝和秀(時事総合研究所客員研究員)

対立してきたサウジアラビアとイランが先月、中国の仲介により外交関係を正常化させる合意に達したことは、米国の中東での影響力低下を印象付けた。米国主導の世界秩序が中国とロシアの挑戦を受ける中、中東では新たな地域秩序が構築されつつある。

中国が本格的な仲介外交を中東で成功させたのは初めてであり、シリア内戦に軍事介入したロシアがウクライナ戦争に忙殺されて中東での影響力を減らす中で、中国の存在感が際立ってきた。

サウジの対米不信はオバマ時代から

米国一辺倒の外交を展開してきたサウジと米国の同盟関係はここ数年で大きく変質した。サウジ人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件をめぐるムハンマド・サウジ皇太子とバイデン米大統領の個人的な確執が大きく影響しているが、この流れはオバマ元大統領在任中から始まったものだ。

サウジは、オバマ氏が主導した米英独仏中ロ6カ国とイランによる2015年のイラン核合意や、イランやロシアが軍事介入したシリアへの米国の不介入で、米国に不信感を抱いた。

イラクでは2003年にスンニ派主導のフセイン政権が米軍主体の軍事攻撃によって打倒され、シリアでもイランが影響力を拡大させたことにより、イランからレバノンに至るシーア派の三日月地帯が形成された。

核合意で余力を得たイランはイエメンのシーア派系武装組織をてこ入れし、サウジは弾道ミサイルやドローンの脅威に直面した。安全保障上の危機に対してトランプ政権から十分な支援が得られなかったという失望も米国離れの底流にある。トランプ前大統領はサウジに大量の兵器を売ったが、基本は「アメリカ第一」で米国の軍事産業の利益を最優先しているとサウジは疑った。サウジは米国のみに安全保障を依存できないとして危機感を強め、バイデン政権になって多角外交にかじを切り、今日の中国の台頭を招いている。

脱石油を目指すサウジの包括的な経済・社会改革プラン「ビジョン2030」の実現に向け、ムハンマド皇太子には利用できるものは何でも利用するとの実利的な判断がうかがえる。米国の庇護には全面的に依存せず、中国やロシアからも兵器を調達するなど安全保障問題でも多角的に対処していこうとする考えが今回のイランとの合意の背景にある。

鄭和以来の中国の中東進出

中東ではロシアがシリアに軍事介入して重要なプレーヤーとなったが、今やウクライナ戦争に気を取られ、実質的に力の空白が生じている。中国はイランやサウジと相次いで長期の戦略パートナシップの構築で合意しており、協力関係が経済分野だけでなく安保分野にも広がり得ることを今回の合意は示している。

歴史を振り返ってみれば、欧州による植民地支配につながった大航海に先駆け、中国・明朝の武将、鄭和は15世紀前半、アジアや中東、東アフリカにまで艦隊を率いて遠征した。当時、植民地化しようとする意図がなかったため、その後の歴史においては欧州勢の後塵を拝することになった。目下、中東では圧倒的なプレーヤーが不在なだけに、中国が歴史的な教訓を生かして中東での足場固めに向けて攻勢を仕掛けている可能性もある。

サウジ・イランの本格的和解は疑問

厳しく対立してきたサウジとイランが和解に向けて動いたことは驚きをもって受け止められた。だが、1979年のイラン・イスラム革命後の両者の対立構造に根本的な変化はない。懸案を棚上げして、両者とも実利を追求したことが中国の仲介を成功に導いた要因だろう。米国のような中東外交の経験を持たない中国は、イランのシーア派勢力支援問題など踏み込んだ安全保障上の懸案を解決する能力は今のところ不十分だろう。

経済制裁に直面するイランは、国内でも反体制デモの鎮圧に手を焼いているほか、核兵器級に迫るウラン濃縮活動をめぐって、イスラエルによる先制的な武力攻撃に警戒感を強めている。米国は、アラブ諸国がイスラエルとの関係を正常化させた「アブラハム合意」にサウジも取り込むことでイラン包囲網の強化を狙ってきたが、イランは中国の仲介に乗ることにより、包囲網の弱体化へ先手を打った格好だ。サウジもイランとの対立が先鋭化すれば、ビジョン2030の進展にも悪影響が出ることから、懸案を棚上げして実利を優先させた。

サウジとイランが本格的な和解に向かうことは考えにくいが、対立は先鋭化せずに中休みの状態に向かう公算が大きい。双方と緊密な関係を強める中国にとって、情勢の悪化はどちら側にくみするのかというジレンマに直面しかねず、エネルギー安定供給の障害にもなるため、サウジ・イラン関係が持続的に安定するよう働き掛けていくだろう。

台湾有事の対中制裁に綻びも

中国にとって中東は、エネルギー安保の観点から協力関係を構築しておくメリットは大きい。ウクライナ戦争に際してサウジやアラブ首長国連邦(UAE)などは対ロシア制裁という欧米主導の枠組みに加わらず、ロシア包囲網はほころびを見せた。中国が台湾侵攻を想定しているなら、エネルギー供給の確保や想定される対中制裁への対抗という観点から、中東諸国と緊密な関係を構築しておくメリットを、ウクライナ戦争を通じて如実に感じ取っただろう。

中東諸国との関係強化を通じて中国がエネルギー安保という弱点を補強し、アジア太平洋地域で覇権主義的な動きを強めることも想定される。主権国家への侵略というロシアのウクライナ侵攻への対応でさえ国際社会の足並みは大きく乱れたが、台湾有事の際、現在の米国の中東での影響力低下から判断して、対中非難や対中制裁に同調しない中東諸国が続出することも考えられる。(了)