5月8日、防衛省は中国人民解放軍海軍の艦艇5隻が宗谷海峡を抜けてオホーツク海に入ったと発表した。この事実が軍事的に何を示唆するのかについて考察してみたい。
米海軍大学が出版している海軍大学論評(Naval War College Review)2022年秋号に、同大学の中国海洋研究所に所属するアンドルー・エリクソン教授他1名が「プーチンのウクライナ侵攻―加速する中露協力 エネルギー、海洋安全保障、そしてその先へ」と題する論文を書いている。
3月に長時間行われた中露首脳会談で、ロシアは中国に半導体等の軍事転用可能技術の提供やロシア産エネルギーの輸入といった支援を依頼した可能性が高い。エリクソン教授らは中国がその見返りとしてロシアに期待している2点を海洋安全保障の観点から述べている。要約すると、一つはロシアが要塞化している北方の海域と海・空軍基地の使用権であり、もう一つは潜水艦の静粛化技術の入手である。
中国艦5隻のオホーツク海入りは前者が具現化する兆候と捉えることができる。
潜水艦から米本土直撃可能に
中国は戦略潜水艦(SSBN)の遊弋海域として南シナ海の要塞化を目論んでいる。しかし現在、中国が保有する潜水艦発射弾道ミサイルであるJL2は、南シナ海から米本土を射程に収めることができず、米本土を直接狙うには太平洋に進出しなければならない。またJL2を搭載している晋級潜水艦は静粛化が進んでおらず、太平洋に進出する際に米海軍に探知されやすい。仮に中国海軍がロシア海軍によって現在要塞化されているオホーツク海やバレンツ海の使用権を確保できれば、射程不足と静粛化の問題を一挙に解決することができるのだ。
当然、中国SSBNが展開するためには、補給や整備のために軍港が必要となるので、カムチャツカ半島のペトロパブロフスク近郊のリバチや、バレンツ海内のコラ半島にあるサイダ湾といった潜水艦基地の使用権も要求する可能性が高い。さらには自国SSBN防護のためには上空援護も必要となることからウラジオストク北東のチュグエフカ(1976年にミグ25で函館に降りたベレンコ中尉が飛び立った空軍基地)やサハリンのドリンスク・ソコル空軍基地(1983年に大韓航空機を撃墜したSu15の発進基地)あるいはカムチャツカ半島北のクリューチ空軍基地が、人民解放軍海・空軍航空機の使用候補基地となる可能性をエリクソン教授らは指摘している。
露から静粛化技術入手も
西太平洋における潜水艦戦力は、量的には中国が勝るものの、静粛化という質的な優位で日米が優っている。しかし、ロシアから静粛化技術が中国に流れれば、水中戦のバランスは中国側に有利に傾く。
これを是正するためには、西側も数で対抗する以外になくなる。現に、米国の同盟国オーストラリアは、米英と組むオーカス(AUKUS)の枠組みの中で原子力潜水艦の建造に踏み切った。日本も原潜の建造を検討すべき時期が近づきつつあるのではないか。
現在、原潜保有国は国連安保理の5常任理事国とインドで、将来的にはオーストラリアに韓国やブラジルが加わり9カ国となる。核兵器保有国も現在、5常任理事国とイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の9カ国である。原潜も核兵器も保有する意思のない岸田文雄政権について、米紙タイムが「日本を軍事大国(Military Power)に変えようとしている」と評したのは片腹痛い。(了)
第371回 中国海軍の艦艇5隻がオホーツク海に
先日中国海軍の艦艇5隻がオホーツク海に入ったとの報道。中国海軍はロシア側海域の利用を画策しているものと思料。JL-2(潜水艦発射弾道ミサイル)は南シナ海から米国本土までは到達しない。しかし、オホーツク海からは到達する。中国原潜の北方海域展開を視野に日本も原潜で対抗する道を探れ。