公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2024.06.17 (月) 印刷する

国は戦死者の発生に備えよ 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

4月に来日したアキリーノ米インド太平洋軍司令官(海軍大将=当時)は、2027年までに中国軍は台湾に侵攻できる能力を完成させる計画だとの認識を示した。バーンズ米中央情報局(CIA)長官も昨年、「中国の習近平国家主席が人民解放軍に対し、2027年までに台湾侵攻準備を整えるよう指示を出した」との認識を示している。

台湾有事により日本で存立危機事態や武力攻撃事態が認定され、自衛隊に防衛出動が命じられれば、好むと好まざるとにかかわらず、自衛官に戦死者が出る可能性が高まる。戦後、自衛官に訓練による殉職者が出たことはあるが、戦死者が発生したことはなく、その備えができているとは言い難い。

靖国に祀られない殉職自衛官

国家の命令によって戦死した人達を祀る施設はあるのだろうか。殉職した自衛官を祀る慰霊碑は防衛省内にあって、原則として一般人は手続きなしで入れない。

明治以降、国防に殉じた人達を祀る施設としては靖国神社がある。靖国神社は戦前に陸海軍が管轄しており、現在でも先の大戦で亡くなった方々が出た場合には例大祭でお祀りしている。しかし、戦後は国家の管理を離れているため、戦死した自衛官を祀ることはできない。ここで国防の任に当たった人達を祀る系譜が断絶してしまっているのだ。国の命令によって戦死した自衛官を、普通の家の墓地に埋葬するようなことをすれば、それこそ世界の物笑いとなるであろう。

どこの国でも、戦死者を祀る施設は国家によって管理され、その国を訪問する外国のリーダーは到着後、真っ先にその施設にお参りすることが国際的に慣例化している。国家リーダーだけでなく、同じように国家のために命を捧げる誓いをした外国の軍人は、軍艦が寄港した場合の乗組員も含め、訪日時、靖国神社に参拝する事が慣例化している。

本年4月に米国防大学の学生(大佐クラス)が傘下の国家戦略大学(ナショナル・ウォー・カレッジ)の校長(少将)に率いられて来日した際には靖国神社で宮司の講話を聞いた後に正式参拝し、展示館である遊就館も見学した。事後に彼らと懇談したが、戦争の相手国であった米国の軍高級幹部ですら靖国神社に否定的な印象を持っていなかった。

1999年5月、米アーリントン墓地に献花する当時の小渕恵三首相。右の白制服は筆者。

外国に比べ少ない弔慰金

殉職した自衛官には、賞じゅつ金(遺族への弔慰金)が支払われるが、訓令によれば最低490万円、最高でも2520万円で、最高額が支払われることは滅多になく、一般的には1000万円程度である。自衛官以外の公務員もほぼ同じであるが、他の公務員と自衛官では戦時の危険度が全く違う。この額は諸外国の戦死者に比べて低すぎる。

筆者の叔父はフィリピンで戦死したが、姉(筆者の母親)をして「良い親孝行をした」と言わしめるほど母親(筆者の祖母)が十分暮らしていけるだけの軍人恩給が支給されていた。賞じゅつ金が少ないために、自衛官はポケットマネーで生命保険に加入している。これまで日本は戦争に巻き込まれることなど余り考えてこなかったが、それでは済まない国際情勢になりつつある。

戦死した自衛隊員を祀る施設をどうするのか、賞じゅつ金は現在のままで良いのか。戦争が始まる前に検討と対策が必要だ。さもなければ、自衛官に志願する人達は極端に少なくなるであろう。(了)