公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2024.07.22 (月) 印刷する

パクス・アメリカーナの終わり 冨山泰(国基研企画委員兼研究員)

米共和党大統領候補に指名されたトランプ前大統領(78)は、年齢が自身の半分のバンス上院議員(39)を副大統領候補に選んだ。仮に11月の大統領選挙で大方の予想通りトランプ氏が当選すれば、「トランプ氏のクローン」(バイデン大統領)と呼ばれるバンス氏は次回2028年の選挙で共和党大統領候補となる可能性が大きい。憲法の規定により、トランプ氏の3選出馬はないからだ。これは、共和党の外交路線の基調として、トランプ氏の「米国第一」が「トランプ後」も若い世代に引き継がれることを意味する。

歴史のある「米国第一」の主張

「米国第一」のスローガンは、トランプ氏の発明品ではない。ロンドン大学のサラ・チャーチウェル教授の研究によれば、1850年代にアメリカン党という反移民政党がカトリック移民の流入から米国のプロテスタント文化を守るために唱えたのが最初とみられる。その後、このスローガンは、排外主義、貿易面での保護主義、海外の紛争に巻き込まれることを嫌う孤立主義などさまざまな政治運動に利用された。1940~41年には米国史上最大の反戦圧力団体「米国第一委員会」が欧州大戦への米国の参戦に反対して、80万人以上の会員を集めた。

第2次世界大戦後、米国は国際安全保障体制と自由貿易体制の構築を主導し、自他共に認める自由主義世界のリーダーとなった。内向きの米国第一の主張は歴史に埋もれたかに見えた。1989年の冷戦終了と1991年のソ連崩壊で米国の一極支配体制が生まれ、湾岸戦争の勝利を経て米国は世界の覇権国の地位を確立した。1990年代は米国の覇権の絶頂期だった。北大西洋条約機構(NATO)の拡大で旧ソ連圏の東欧に民主主義を広め、中国との貿易促進を通じてその政治的自由化も期待した。

米国の覇権が最初に挑戦を受けたのは2001年のイスラム過激派による米同時多発テロであり、米国は対テロ戦争とイラク戦争に踏み切った。しかし、2010年代になると、戦争の長期化で米国民に戦争疲れが広がった。中国は習近平国家主席の下で現状変更勢力として台頭し、旧ソ連圏復活を夢見るプーチン大統領のロシアと共に、米国主導の世界秩序に挑戦を開始し、米国の相対的な力の衰えが見え始めた。「米国は世界の警察官ではない」とオバマ米大統領(当時)が発言したのは、そのころである。

米国の相対的衰えは、米国第一を主張するトランプ政権が2017年に登場する素地を作った。

国益軽視の海外介入に反発

トランプ氏の米国第一主義の根底には、冷戦後の米国外交が民主党と共和党のどちらの政権も、海外の問題に介入し過ぎ、米国や国民の利益を第一に考えてこなかったという不満がある。そして、米国の海外介入には、米国と同盟国の負担の不平等という組織的な欠陥があり、これを正さねばならない、とトランプ氏は主張する。さらに、米国の利益を推進するために必要とあれば、権威主義国家や人権侵害国家と取引してもよい、と考える。

このことから、ウクライナ戦争は米国の死活的利益がかかっていないし、ロシアとの第3次世界大戦へ発展する危険があるので、ロシア、ウクライナ双方に圧力をかけて停戦に持ち込む、という発想が生まれる。NATOの同盟国には、国内総生産(GDP)の2%を防衛費に回すとの約束を守らなければ、ロシアに侵略されても助けない、と脅しをかける。中国を米国にとって最大の脅威と位置付けるものの、台湾有事の際に米国が軍事介入するかどうかは、「米国の交渉上の立場を悪くする」との理由で、明言を避ける。トランプ氏の大統領候補指名受諾演説では、北朝鮮の独裁者、金正恩氏との米朝首脳会談を復活させる考えを示唆した。

求められる日本の自立

第2次大戦後の世界秩序は、米国の力が平和を維持したという意味で「パクス・アメリカーナ」(米国による平和)と呼ばれた。冷戦期には、米ソの力の均衡が平和を保ったという意味で「パクス・ルッソ・アメリカーナ」(米ソによる平和)と称されることもあったが、ソ連崩壊後は名実共にパクス・アメリカーナが実現した。

トランプ氏と後継者のバンス氏が唱える米国第一は、米国が自由民主主義世界のリーダーの地位から降りることを主張するものだ。仮にトランプ政権があと4年間、次いでバンス政権が2期8年間続けば、その間に世界は変貌し、パクス・アメリカーナは終わるだろう。

パクス・アメリカーナ後の世界が弱肉強食の時代に戻るか、民主主義陣営と権威主義陣営の対決が強まるか、それとも米国に代わる覇権国が登場するか不明だが、日本は「寄らば大樹の陰」で超大国・米国を頼りにしてきた戦後の発想を根本的に転換し、自立性を強めることが求められる。(了)