公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2024.07.22 (月) 印刷する

北で秘密資金持ち逃げ事件 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授)

6月、朝鮮人民軍の政治警察である保衛局(保衛司令部から改称)の幹部が北朝鮮の独裁者、金正恩委員長の秘密資金3000万ドル(約48億円)を持ち逃げする事件が発生し、大騒ぎが起きている。

軍の外貨管理者が3000万ドル

今年春頃、北朝鮮は自国で生産する兵器の質を向上させるため、コンピューター制御で動かすCNC旋盤などの精密機械を中国から密輸することを計画した。そのために1億ドルをひそかに北京へ持ち込み、秘密口座で管理していた。ロシアから受け取った砲弾代金などで捻出したなけなしの外貨だった。金委員長がその管理を任せたのが、人民軍保衛局外貨稼ぎ総責任者の朴ウォンイル少将だった。1972年生まれで、故金日成主席の家系につながる人物だといい、金委員長が信頼する権力中枢に位置する幹部だった。

ところが朴少将が6月11日、3000万ドルを持ち逃げして姿を消した。すでに中国を出国し、第三国に逃げた。これより先、朴少将は1000万ドルを香港の秘密口座へ移し、株式投資をしていた。ところが株の暴落で穴が空き、秘密資金の点検で不正が露見することを恐れ、追加で2000万ドルを香港の秘密口座に移して姿をくらました。妻と息子は中国で捕まり、7月4日北朝鮮に送還された。

中国は捜索に非協力

朴少将はすでに韓国に入ったか、第三国で韓国の国家情報院の保護下にある可能性がある。韓国は脱北者が持ち逃げしてきた資金を全額本人に渡す。米国などでは横領した資金は不法な資金と見なされ、没収される場合がある。だから、過去に数百万ドルを持ち逃げした党39号室(金委員長の秘密資金を管理する部門)の幹部や外交官などは皆、韓国に来ている。

持ち逃げの報に接した金委員長が激怒して、リム・ソンホ保衛局長を中国に急派して捜索に当たらせているが、中国当局は全く協力しない。朴少将はすでに中国を離れているが、中国内に協力者がいるはずだ。また、3000万ドルという巨額の資金は現金での持ち運びが不可能だから、朴少将が保有している香港の秘密口座を探し出せば盗まれた資金を確保できるかもしれない。ところが、リム保衛局長が直接頼んでも、中国治安当局は協力しないという。

今、中朝関係はかつてないほど悪化していることがその背景にある。そのため、朴少将の身柄はもちろん、中国内協力者や朴の秘密口座も見つかっていない。保衛局で大粛清が行われるだろうと幹部らは予想している。

相次ぐ亡命、揺らぐ統制

1億ドルの資金を任せるほど金委員長が信頼していた幹部さえ逃げた。昨年から今年にかけてキューバ、フランス、中国に駐在していた外交官らが次々亡命している。キューバ大使館の参事官が昨年11月に韓国に亡命し、最近、韓国マスコミに出てきて金正恩政権を激しく批判した。政権幹部らの思想的動揺が深刻化している。(了)