公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2024.08.05 (月) 印刷する

F16投入だけで戦況は一変しない 織田邦男(麗澤大学特別教授・元空将)

ウクライナに待望の米国製戦闘機F16の第1陣が到着し、8月4日、記者団に公開された。現在のところ、デンマークが19機、オランダが24機、ベルギーが30機、ノルウェーが6機と合計80機の供与が予定されている。だが、ウクライナが受け取るF16は、夏に6機、年末までに15機から24機程度とみられている。F16が入れば「奇跡を起こす」「ゲームチェンジャーになる」と劇的な戦況好転を期待する向きがあるが、筆者はとても楽観的にはなれない。

ロシアが狙う地上での破壊

制空権の獲得は無理としても、要時要域(作戦に必要な時期、必要な空域)で航空優勢を取れれば、地上戦闘が劇的に好転するのは間違いない。問題はF16を含む航空戦力が機能するかどうかだ。

航空戦力は戦闘機、操縦者、地上レーダー、基地防空、整備、補給、情報、指揮通信などの諸力の「掛け算」であり、どれが欠けても戦力としてはゼロになる。

F16は現在のロシア戦闘機と十分に戦える第4世代の戦闘機であるが、優秀な操縦者だけでなく、高い整備能力、そして上空にあっては、全般を監視し、戦闘機を誘導できるレーダー機能や指揮通信機能が欠かせない。

また、戦闘機は上空に滞空する時間は限られ、地上にあっては「ジュラルミンの塊」に過ぎない。空軍基地は大きな打撃が狙える絶好の標的であり、ロシアはF16を地上で破壊することを、虎視眈々と狙っていることだろう。

足りない作戦可能基地と防護施設

虎の子であるF16の基地は秘匿し続けることが重要である。F16がいったん出撃すれば、その基地はロシアのミサイル攻撃に晒されるのは必至である。それに対抗するには、出撃基地と帰投基地を毎回変えることである。そのためには、多くのF16作戦可能基地を整備しておく必要がある。

問題はウクライナに質が高く長い滑走路が十分にないことだ。F16は空気取り入れ口(インテイク)が機体下方にあるため、石ころ1個でもあれば、エンジンに吸い込み使えなくなる。またF16をロシアの攻撃から防護できるシェルターや格納庫のほとんどは既に破壊されている。

整備員や基地防空能力も不足

F16の作戦基地を多く持つためには、整備に必要な予備部品や点検器材、そして予備エンジニアなどを多く保有する必要があるが、数は限られている。何よりF16の整備に熟達した整備員の数が足りない。通常ならF16の運用体制整備に3~4年かかるところを、ウクライナは数カ月で成し遂げようとするのだから無理もない。

ロシアはF16投入を予期して、既に多くの航空基地を攻撃している。「新たにやって来るF16に実世界への歓迎を見舞おうとするだろう」と指摘する識者もいる。このため、F16の作戦基地周辺には地対空ミサイルを重層配備して鉄壁の防空体制をとらねばならない。だが地対空ミサイルの数自体が不足している。

致命的な警戒管制能力の欠落

またF16に敵機情報や攻撃目標を与えるための警戒管制機能が欠落しているのは致命的である。地上のレーダーサイトはほとんど破壊されており、地対空ミサイル用レーダーでは、この機能を果たせない。唯一、スウエーデンが供与したサーブ340早期警戒機(S100D)が可能であるが、未だ要員養成中で戦力化は早くて来年以降である。

現在、NATOのE3早期警戒管制機(AWACS)が、ポーランド上空から間接的に情報支援をしているようであるが、東部戦線上空のF16を支援するためには、ドニプロ川あたりまで進出する必要がある。これは事実上、NATOのウクライナ派兵となる。

投入は大きな賭け

サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は7月11日、F16は短期的には前線の軍を守る目的で、「将来的には」領土奪還を支援する目的で使われると述べた。だが、航空作戦に関する認識が甘すぎると思えてならない。

むしろ、F16が運用を開始した途端、ロシアの攻撃により地上でF16が破壊され、この映像が全世界に流れようものなら、一気に欧米諸国の支援疲れが再燃し、厭戦気分が広がり、戦局全般に致命的な悪影響を及ぼすことさえあり得る。

F16が100%能力を発揮できれば、要時要域の航空優勢を取ることができる。そうなれば地上作戦も劇的に好転し、「ゲームチェンジャー」になり得る。だが、F16の作戦投入には上記のような問題を解決しなければならない。一歩間違えば、「ウクライナに戦闘機を提供するのは賢明なのか」という疑義にとどまらず、戦争継続の是非に関わる問題に発展する可能性もある。

日本は対空ミサイル供与を

F16投入は「両刃の刃」である。F16を投入する限りは、NATOも腹を決め、AWACS支援を含め、F16が航空戦力として機能するようあらゆる支援を惜しまず提供していくべきだ。日本も、さしずめ防衛装備移転原則を改定して、輸出が認められる5類型に「防空」を加え、地対空ミサイルの供与を実施していくべきだろう。(了)