公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2024.07.17 (水) 印刷する

防衛白書は現場の苦悩も伝えよ 織田邦男(麗澤大学特別教授・元空将)

政府は7月12日、令和6年版防衛白書を公表した。令和6年は自衛隊発足70周年であり、また令和6年版防衛白書は初版から50冊目という記念すべき白書である。皮肉にも、ちょうどその日、陸海空の全幕僚長を含む計218人の処罰が発表された。

処罰に至った不祥事は、特定秘密の違法運用、潜水手当の不正受給、基地食堂での不正飲食、パワーハラスメントである。手当の不正受給や不正飲食は論外としても、特定秘密の違法運用については、「愚かとしか言いようがない」(産経新聞)と簡単に切って捨ててもいいものか。政治もメディアも非難の大合唱である。違法行為に言い訳の余地はない。だが38隻という多くの艦艇で何故、違法な運用が常態だったのか。背景の理解なく、「愚か」と断ずるのはどうか。

人員不足のしわ寄せ

今の法律では、「適正評価」を受けていない無資格の隊員が、特定秘密事項が画面表示される戦闘指揮所(CIC)に立ち入るだけで「秘密漏えい」の罪に問われる。他方、艦艇の航行中には、CICでの海図の整理や機材の修理、あるいは伝令といった雑用をこなす隊員も必要である。艦艇は慢性的乗組員不足であり、一人が複数の役割を果たさねばならない。こういう状況下にあって、法律どおりに運用して果たして任務遂行は可能なのか。

「現在、資格のない隊員はCIC立ち入り禁止にしているが、任務への支障はゼロとは言えない」と担当者も述べる(読売新聞)。艦艇を正常に運行するには、新たに約2000人に資格を取らせる必要があるというが、これが現実的に可能なのか。不適格者に資格を与えてしまうようなことはないのか。特定秘密保護法の目的は「特定秘密」の漏洩防止である。今一度、原点に立ち返って法律の運用も見直すべきではないのか。

自衛隊の人員不足は深刻である。自衛官の新規採用数は令和5年度に9959人で10年前の平成26年から4200人も減った。採用計画の51%しか満たせず、過去最低の達成率だった。少子化に加え、民間企業との人材の奪い合いが今後更に激化する。このままでは海自艦艇に限らず、自衛隊の任務遂行が困難になることが予想される。

疲弊する隊員、萎縮する指揮官

「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面」と白書は指摘するが、現場部隊の定員割れや人員不足に対する危機感は薄いと思えてならない。「人的基盤強化に関する有識者検討会」の報告書では、部外者を含めた多様な人材の確保、隊員のライフサイクルを通じた施策等が提言されているが、現場の苦悩とは乖離している。また「隊員が心身ともに健全な状態で、高い士気と誇りを持てる」勤務環境を整えるため「ワークライフバランス」を推進するとあるが、具体的にはテレワークの推進や勤務時間管理の徹底などに留まる。これらは中央のデスクワーク向けの施策であり、現場の過重な任務、負担の実態とは大きくずれている。

近年、自衛隊は周辺海空域の警戒監視活動をはじめ、海上交通の安全確保、海賊対処、あるいは弾道ミサイル対応、加えて共同訓練、防衛交流、災害対応など任務は増加し、多様化・国際化している。他方、現場部隊の定数は増えず、しかも定数割れした状態で、過度の負担が常態化している。こうした現場隊員の疲弊の実態については白書で知ることはできない。

ハラスメントについてもそうだ。現場部隊と中央勤務とは当然価値観が異なる。現場では、セクハラについてはもっと厳しく律する必要がある。だが、怒号が飛び交うような実戦場裏や訓練の現場では、パワハラに関する基準が市井とは当然異なる。にもかかわらず、白書は「一切許容しない」と断ずる。相次ぐパワハラ処罰で現場の指揮官が萎縮していると聞く。白書は建前だけでなく、現場の苦悩も伝えるべきではないのか。

旧型装備廃棄でいいのか

防衛力整備に関してはどうか。「最適化の取組」として「陳腐化などにより、重要度の低下した装備品の運用停止、用途廃止を進める」とし、防衛力整備の一層の効率化、合理化の徹底を指摘する。だが、ウクライナ戦争をみても分かるように、備蓄していた「陳腐化した装備品」が活躍し、戦力の強靭性や抗堪性を発揮している。「効率化、合理化」の美名の下、強靭性などの手段を切り捨てていいのか。これまでの装備「定数」管理制度は見直すべきであるのをウクライナ戦争は教えてくれている。また円安によって防衛予算が実質的に約30%目減りすることへの対応策についても白書は伝えていない。一層の効率化、合理化では対応できないことは明らかだ。

最後に、昨年8月3日の「ろんだん」で「縦割り」白書の限界を指摘した。今回も同じである。5年間で43兆円の予算のうち、41%が使われたとある。43兆円のうち、「真水」(防衛省予算)の使い道は白書で分かる。だが、真水以外の予算が我が国の安全保障にどう貢献しているかは、白書では分からない。国民に実態を伝えるため、政府による何らかの改善措置が必要である。(了)