公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2024.07.16 (火) 印刷する

NATOが見据える「戦争の常態化」 佐藤伸行(追手門学院大学教授)

「既に第3次世界大戦が始まっている」との言説は今や特段、珍しいものではなくなっている。軍事と非軍事の境目が希薄になった国家間の戦いは、日々、多様な領域で繰り広げられている。

このほどワシントンで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議は、加盟国に対するロシアのハイブリッド攻撃やロシアを支える中国の動向に例年以上に神経を尖らせ、それを厳しく非難した。首脳宣言がウクライナの加盟について「不可逆的な道」と明記したことが最重要のニュースとして報じられているが(その扱いは間違ってはいない)、NATO首脳が今回、「ロシアはユーロアトランティク(欧州大西洋)の安全保障の構造を根本的に再編することを追求している」と看破し、「ロシアがNATOに対して突き付けている全領域の脅威は長期間持続する」と位置付けたことはもっと注目されてよい。

せめぎ合う中ロと米欧

ロシアと中国を軸とする「ユーラシア」と、北米と欧州を結ぶ「ユーロアトランティク」が、重なり合う欧州でせめぎ合っている。NATO首脳は、そのような状況が常態化するという厳しい地政学的認識を示したと言える。

ちなみに、ロシアが米欧安全保障体制の根本的再編を追求しているとの文言は、昨年のビリニュス(リトアニア)首脳会議の宣言には盛り込まれていない。このことは、ロシアが「ウクライナ後」も、旧ソ連圏の奪回や中欧・西欧の親ロシア勢力の拡大による欧州分裂・弱体化を狙うという認識が急速にNATO首脳間で共有されたことを示唆している。

中国に関してNATO首脳宣言は、ロシアのウクライナ侵略戦争の継続を「決定的に可能にしている存在(イネーブラー)」と断じ、「ロシアの戦争継続のためのあらゆる物質的・政治的支援の停止」を求めた。NATO首脳は昨年、中国に対しては、ロシアへのいかなる軍事関連援助も控えるよう求めたにすぎなかったが、その後の中国の行動を観察した上で、中国は軍民両用の部品や機材、ロシア軍需産業に利用される原料を提供するなど「大規模な支援」を行っていると断定した。

極右が揺るがす欧州の団結

このような文脈の中で、中ロの蚕食・勢力浸透の標的となっている欧州を眺めると、欧州内部の政治的団結および政治的リーダーシップは脆弱である。

6月の欧州議会選では、予想通り極右が躍進した。欧州議会の過半数を取るまでには至らなかったが、欧州連合(EU)の中軸国フランスでは国民連合(RN)が第1党、イタリアでもメローニ首相の「イタリアの同胞」(FDI)、オーストリアでも自由党が1位の座を占めた。ドイツでは、「ドイツのための選択肢」(AfD)が議席を伸ばして第2党となるなど、極右旋風が吹いた。フランスでは、その余波で実施された国民議会(下院)選挙でRNは結局3位にとどまったが、単独過半数を獲得した政党がない異例のハングパーラメント(宙づり議会)が出現し、政治的混迷を印象付けている。

インフレが続く中での生活苦や欧州の伝統的な問題である移民・難民が争点となった結果、極右に人気が集まる構図だが、RNやAfDは親ロシア政党であり、RNの指導者ルペン氏は、ウクライナへの軍事支援に反対する立場を繰り返し表明している。AfDは欧州議会選立候補者の秘書が中国のスパイとして逮捕されたり、別の議員がロシアから資金を得ていた疑いで訴追を受けたりしても、さほどの打撃にはならなかった。

欧州議会における極右の伸長は、ウクライナへの軍事支援に反対する声の増大をもたらし、ただでさえ指導力が弱っている各国指導部にとっては、新たな政治的取引コストを強いられる。各国世論が、反対論に引きずられてウクライナ支援に後ろ向きになる傾向が強まる懸念もある。極右ではないが、5月に銃撃を受けた左翼ポピュリストと呼ばれるスロバキアのフィツォ首相も、ウクライナ支援に反対を唱え、昨年、政権に返り咲いていた。同首相は、親中ロで知られEU内で問題視されているハンガリーのオルバン首相と並び称せられる中欧の古参政治家である。

「ウクライナ敗戦」への危機意識は共有

トランプ氏が米大統領として復活すれば、欧州のウクライナ支援の機運に水を差すことになるが、今般のNATO首脳会議は、ウクライナ支援のため各国が計400億ユーロを拠出することで合意するなど、ウクライナ支援をNATOのメカニズムに組み入れた。

欧州の一部世論調査では、ウクライナ軍事支援のための資金拠出に賛成するEU市民の割合は1年前とほとんど変わっておらず、極端な「支援疲れ」の現象ははっきりとは見えていない。それは、ウクライナがこの戦争に敗れた場合の帰結が欧州にとっていかに深刻であるか、欧州市民の想像力が働いているからかもしれない。

ロシアが、占領したウクライナ領土を併合し、キーウに傀儡政権をつくり、ウクライナ国民に対する抑圧政策をとれば、何百万人もの新たな難民がEUに殺到するだろう。食料安全保障が新たな危機に瀕し、とりわけアフリカ諸国で食料不足が深刻化することで、また新たな難民の波が欧州に押し寄せる。

「ウクライナ敗戦」は、核拡散防止の観点からも国際社会に深刻なダメージを及ぼす。ウクライナが旧ソ連の核兵器を保持し続けていれば、ロシアの軍事侵略を受けなかったとの仮定に立ち、核兵器開発に走る国が少なからず出てくるかもしれない。

何よりも、ウクライナの敗北は、権威主義勢力に対して「民主主義と自由の価値の共同体」が敗れたことを意味する。ロシアがウクライナ侵略の果実だけで満足するはずはなく、それ以降も欧州に対して執拗な挑発を続けることになるだろう。とすれば、グローバルな戦いの「東部戦線」ともいうべき台湾でも、中国の挑発が増大すると考えておかねばならない。(了)