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2024.09.02 (月) 印刷する

ウクライナ軍の越境攻撃は戦争の行方を変えるか  岩田清文(元陸上幕僚長)

8月6日に、第2次世界大戦以降、初となるロシア領土への地上攻撃を仕掛けたウクライナ軍は、わずか10日間で東京23区の2倍近い約1150平方キロを占領した。ウクライナ領内の同じ広さの土地を今年1月から7か月間かかって占領したロシア軍の進軍速度と比較すれば、まさに電撃戦と言ってもいいだろう。しかし、その後はロシア軍の抵抗もあり、8月末現在の占領地域は約1300平方キロと、戦線は膠着している。ウクライナ軍は、占領した地域の防衛に転じつつあると推測できる。

ゼレンスキー氏の賭け

なぜウクライナは、賭けとも思える越境攻撃を仕掛けたのか。もちろん、国民・兵士の士気の高揚は言うまでもないだろう。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアとの停戦条件づくり、ロシアとの緩衝地帯の構築、及びロシア軍から強い圧迫を受け続けている東部戦線ドネツク州のロシア軍戦力をロシア西部クルスク州方面へ転用させる目的があると表明している。確かに、これまで約10か月間、戦域全体にわたって受け身に陥っていた状況を、逆侵攻によりロシア国内に戦争を持ち込み、新たな戦線において主導権をとることには成功している。

越境攻撃の背景には、領土奪回の可能性が今年1年は見通せないことや、国民の約3割まで厭戦機運が増加していること、そして11月の米大統領選でトランプ前大統領が当選した場合、否応なく現状ラインで停戦を余儀なくされる可能性を懸念して、少しでも現状を打破したいとの思惑がゼレンスキー大統領にあったと言えよう。

しかし、今のところロシアのプーチン大統領はウクライナの賭けには乗らず、東部戦線以外の地域から増援部隊をクルスク州に送り込み、ウクライナ東部ドネツク州の要衝ポクロフスクに対する攻撃の手を緩めていない。このままいけば近いうちにポクロフスクの苛烈な攻防戦が繰り広げられることになり、ウクライナとしては、これまで多大な犠牲を出しながら長く守り続けてきた東部戦線で、さらに領土を明け渡す可能性も出てきた。

ロシア政府筋はメディアに対し、今後数か月でクルスク州も奪回できるだろうと語ったとされているが、もしそうなると、この越境攻撃は奇策ではあったが、要衝ポクロフスクの土地と、クルスク州に攻め込んだ精強部隊の多くを失う結末になるかもしれない。

今後数か月がヤマ

この間に、ゼレンスキー大統領が9月の国連総会出席を機にバイデン米大統領に提示する予定の「戦争終結(勝利)計画」なるものが実行に移されれば、戦争の行方はウクライナに有利に運ぶかもしれない。その計画の内容はまだ明らかになっていないが、一つはこのクルスク州への越境攻撃、二つ目はウクライナが北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)に加盟すること、三つ目に米国からウクライナに供与された兵器のロシア領内における使用が認められること、最後にロシアに対する経済制裁を含んでいる可能性が高いとされている。これらの成否はバイデン大統領にかかっているとゼレンスキー大統領が述べているが、いずれも達成の難しい内容である。

それほど、この戦争の出口が見通せない状況であるが、今後数か月がこの戦争の帰趨を占うヤマ場であることは間違いないだろう。(了)