今回の自民党総裁選で小泉進次郎候補が提案した「解雇規制の緩和」は様々な方面で議論を呼んでいるが、誤解も多い。本稿ではまず、解雇規制の意味を明らかにする。次いで、公正な雇用関係と生産性向上を確保するためには、金銭による解雇を正面から認めるとともに、正規雇用のみを保護するのではなく、雇用条件を個別の契約ごとに具体的に定めることによって正規と非正規の区別をなくすことが有効であると提案する。
整理解雇の4条件
「解雇」は、経営状態が悪化し、倒産リスクに直面した場合の「整理解雇」と平常時の「普通解雇」に区別される。正規職員を整理解雇するには、判例(東京高裁、昭和54年)により、4条件を満たさなければならない。非正規職員はこの条件を適用されず、一般的な「解雇権乱用の規制」(労働契約法16条)によって保護されるのみである。今回、小泉候補が提案した「解雇規制の緩和」とは、正規職員に適用される以下の「整理解雇の4条件」を緩和しようとするものである。
① | 人員削減の必要性=経営悪化による人員削減の必要性を客観的資料に基づいて説明したか |
② | 解雇回避努力=現在の従業員への悪影響が最小限のものとなっているか(例、配置転換で対応できるなら解雇できない。また、正規、非正規を問わず新人を採用すると、従業員の整理解雇はできない。) |
③ | 解雇対象者選定の合理性=解雇される者を公正に選んでいるか |
④ | 解雇手続きの相当性=解雇される者や労働組合と誠意を持って協議・交渉したか |
小泉氏提案の「解雇規制の緩和」の狙い
4条件のうち、特に②の条件は、深刻な問題をはらんでいる。例えば、非正規社員や新卒者を新規に採用すれば、当該企業にまだ余裕があるとみなされて、現に働いている従業員を整理解雇できなくなる。デフレ不況期には、②で守られない非正規職員が先に解雇され、②によって新卒者の採用も困難になり、新卒市場が「就職氷河期」と呼ばれるほど悪化した。小泉候補の提案は、主に②の条件を緩和して、正規職員を整理解雇しやすくするところにある。
経営が悪化した時に、解雇も新人採用も厳しく制限されるというのは不合理である。不況の時には、経営が厳しくなる企業が増えるのは当然であり、解雇・採用規制によって労働市場の流動性が失われ、賃金が低迷すれば、景気はさらに悪化する。
解雇の可否も経営者と従業員の合意が調わない場合は訴訟となるが、会社経営の専門家ではない裁判官が、(特に上記①について)経営者より的確な判断を下せるとは考えにくい。さらに、先に指摘したように「整理解雇の4条件」で保護されるのは正規従業員のみである。この4条件の枠組みを廃止し、真に「公平な労働市場」を実現する手立てを考えるべきである。
なお、デフレ不況を抜本的に克服するためには、経済の総需要を財政・金融政策で強化するしかない。労働市場が真に良く機能するのは、デフレ脱却後の経済においてである。
4条件を廃止し「金銭解雇」を認めよ
判例による「整理解雇の4条件」は廃止すべきである。それは、解雇を容易にするためではなく、経営が悪化した場合でも労働市場の流動性を確保し、既存の従業員の転出と新人採用を維持するためである。また、裁判によらず、経営者と従業員の合意の可能性を追求するためであり、さらに、正規労働者と非正規労働者の公平な保護を図るためである。
「整理解雇の4条件」を廃止した上で、金銭支払いによる解雇を正面から認めるべきである。金銭支払いを解雇の調節手段とするのである。現在でも、経営が悪化した場合には希望退職者を募集し、金銭補償を行って、事実上の「金銭解雇」が行われている。この金銭補償を法律によって認め、整理解雇の際の解雇手当水準のモデルケースを政府があらかじめ可能な限り客観的に設定しておくのである。具体的な補償額は、失業期間の生活リスクやこれまでの賃金などに応じて従業員と経営者との間で合意することになる。
ただし、金銭解雇を実行すれば転職も増加し、雇用保険財政が厳しくなる可能性もあるので、雇用保険料の企業負担分に当該企業の過去の解雇率を反映させる「履歴料率制」を導入する必要がある。「履歴料率制」とは、これまで解雇率が高かった企業に対して、より高い保険料負担を求めるものである。また、経営が破綻した場合でも企業が解雇手当を支払えるように、手当の原資を社外のファンドに積み立てておくことが必要となろう。
正規と非正規の区別をなくせ
繰り返しになるが、「整理解雇の4条件」は正規職員のみを対象とし、非正規職員は保護の外である。しかし、非正規職員は企業利潤の単なる調整弁であってはならない。
ここで、我が国雇用慣行の一般的な二分法、即ち正規職員と非正規職員の区別の非合理性について触れておきたい。
公正な労働市場では、労働基準を満たしている限り、雇用契約を自由化し、労働の実態にふさわしい契約とすることが望ましい。雇用契約に具体的な労働条件や職務内容・責任などをできるだけ詳細に決めておくのである。これは、正規、非正規にかかわらず可能であり、その結果、最初から正規と非正規に分けておく意味がなくなる。詳細な職務内容の記述は「ジョブ型雇用契約」(企業が職務内容を明確に定義して人材を雇用するやり方)になじみやすいが、我が国において一般的に見られる「メンバーシップ型雇用契約」(職務や勤務地を限定せずに人材を雇用するやり方)においても十分可能である。
正規・非正規の区別は、働き方の多様性に吸収され、解雇規制とは本来関係のない話ではないか。
デフレ脱却後の人手不足こそ生産性向上の好機
労働市場に関する政策の理念は、「公平性」(同一労働同一賃金)と「効率性」(労働生産性の最大化)である。前者の実現のためには、正規職員だけを強く保護する「整理解雇の4条件」を撤廃し、政府の示すガイドラインに基づく解雇手当の合意によって公平さを担保すべきである。効率性については、マクロ経済政策で十分な総需要をつければ、人手不足が発生し、市場による調節によって生産性の高い企業が収益を上げ、高い賃金を払えるようになる。労働生産性を向上できず、競争的な賃金が払えない企業は、優秀な人材を採用できないので、新陳代謝によって市場から退出するしかなくなる。新陳代謝を避け、生産性の低い企業を救済しようとすれば、我が国の企業は競争力を失う。
今後、我が国が労働市場に求めるのは、「解雇規制の緩和」でなく「労働契約の自由化」であり、多様な働き方とそれをバックアップする企業の人材投資である。それがうまく機能するためには、デフレ傾向から一日も早く脱却し、マクロ経済を活性化し、生産性が向上する形で労働市場の流動化を進める必要がある。(了)