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2024.09.30 (月) 印刷する

米中「相互確証破壊」時代の幕開けか―中国ICBM発射 中川真紀(国基研研究員)

中国国防省は9月25日、中国人民解放軍ロケット軍が同日、訓練用模擬弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)を太平洋公海へ向け発射して成功し、予定海域に正確に落下させたと発表した。中国によるICBMの公海への発射は44年ぶりである。

1980年5月、中国は初のICBMであるDF5を太平洋公海に向けて発射、約9100キロ先の目標海域に落下させた。これにより、中国は米本土へ届く核戦力を手に入れた。しかし、当時は質量共に米国に比肩できるものではなく、中国の核戦略は「最小限抑止」(核の先制攻撃に対し、残存核戦力で一定の反撃ができること)に留まっていた。

今回のICBM発射は前回とは異質のものである。軍事的にも、国際政治的にも大きな影響を持ち、中国の核戦略が、「最小限抑止」から「相互確証破壊」(先制攻撃後に残存核戦力で耐え難い報復ができること)への移行を可能にし、国際秩序の変更に繋がりかねないと言っても過言ではない。

軍事的影響

中国は発射の詳細を明らかにしていないが、公表された写真や、航空機の安全運航のために関係機関が出す航空情報(NOTAM)から推察すると、固体燃料推進・車載型ICBMであるDF31AGが中国南部の海南島から発射され、約1万1700キロ先の仏領ポリネシア北方海域に落下した可能性がある。

中国は通常、弾道ミサイルの発射試験・訓練を、国内の発射試験・訓練場から西方にある砂漠地域へ向けて実施する。ミサイルの性能を明らかにするテレメトリー信号等を他国に収集されるのを避けるためである。しかしこの場合、国土の広さに制限があるところから、ICBMはロフテッド軌道(通常よりも高い射角での発射)による飛翔か、推進剤の量を調整し射程を制限した飛翔にならざるを得ない。

今回の太平洋に向けてのICBM発射は、ミニマムエナジー軌道(最も効率的な飛翔パターン)をとり、最大射程で行われた可能性が大であり、弾頭が模擬である以外、実戦に即した飛翔だったと言える。ICBMの信頼性を検証する上で最も適した方法である。

中国が、ミサイル性能の秘匿よりも信頼性の検証を重視した理由には、ICBMサイロ群での使用が念頭にあるのではないか。現在、中国内陸部の3か所で建築中のサイロ群では、合計300基以上のICBM用サイロが完成に近づいており、そのサイズから固体燃料式ICBMであるDF41またはDF31AGが装填されると考えられる。

このサイロ群が運用を開始すれば、中国の核戦力は大幅に増強される。装填されるICBMの実戦に即した発射は、中国自身による検証のみならず、中国が抑止の対象と見なしている米国にとってもその有効性の検証となろう。今回の発射が中国発表の通り成功だったとすれば、「相互確証破壊」戦略移行への大きな一歩と言える。

国際政治的影響

中国は、今回の発射に関し、関係国に事前通告を実施したと表明している。

9月25日、米国防総省副報道官は記者会見で、「ICBMの演習に関して事前通告を受けた。そのことは誤解・誤算を避ける上で正しい方向のものだ。国防総省としては、弾道ミサイルなどの発射について2国間の通告を行う仕組みをさらに整えるよう求めていく」と述べた。

中国の事前通告を評価するようなこの発言の背景には、中国の対米関係改善の努力が垣間見える。

本年8月、中国の習近平国家主席及び張又侠中央軍事委員会副主席(制服組のトップ)は訪中したサリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)と会談した。9月に入り、10日に呉亜男南部戦区司令官が米インド太平洋軍のパパロ司令官と電話会談をした。14日には米中防衛政策調整協議が北京で開催された。18~19日には呉亜男南部戦区司令官が米インド太平洋軍主催のインド太平洋国防軍司令官会議に参加するためハワイを訪問し、パパロ司令官と会談している。

米中の間で、今回のICBM発射に関し、一定のコンセンサスが出来上がっていたのであろう。これは、いたずらに緊張を高めないという面はあるというものの、米国が中国の「相互確証破壊」への移行を容認するであろうというメッセージを発した、と中国が捉える可能性もある。

そうなれば中国はますます核戦力を増強すると共に、日本を含む周辺国や台湾の主張を顧みることなく力による現状変更を推し進めるであろう。更には、中国が望む国際秩序の変更にも繋がりかねない。

今回のICBM発射を将来、米中「相互確証破壊」時代への幕開け、と位置付けられるものにしないためにも、我々はこの多大な影響を深刻に受け止め、同盟国・同志国と共に対処していかねばならない。(了)