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2024.10.07 (月) 印刷する

日朝連絡事務所は選択肢として排除すべきでない 荒木和博(特定失踪者問題調査会代表)

9月30日の「今週の直言」に有元隆志企画委員の寄稿した「石破自民党新総裁は『過去』から脱却を」で、「日朝連絡事務所設置構想は撤回せよ」との提言があった。これについては西岡力企画委員もたびたび主張しており、家族会を含めて拉致被害者救出運動の一致した立場だと考えておられる方が少なくないと思う。しかし、家族・支援者含め全てがそう考えているわけではないし、連絡事務所設置を頭から否定するのはいかがなものかと思わざるを得ない。

進展のない被害者救出

有元論文では連絡事務所設置を北朝鮮の「時間稼ぎ」としているが、それではこの間、被害者救出は前に進んできたのだろうか。20年前の小泉純一郎首相の第2次訪朝で5人の拉致被害者の家族が帰国して以来、何も進んでいないではないか。それどころか平成26(2014)年のストックホルム合意の時は、北朝鮮が出してきた政府認定拉致被害者田中実さんと特定失踪者金田龍光さんの生存情報を日本政府は突き返している。これについては「この2人で(拉致問題を)終わりにせよ」と北朝鮮側が言ったという話もあるが、私が確認した範囲では北朝鮮側からそのような言葉はなかったと聞いている。いずれにしてもこの2人を日本政府が見捨てたことは事実であり、その意味では「時間稼ぎ」をしてきたのは日本政府ではないのだろうか。

北朝鮮は拉致被害者全ての情報を把握しているわけではない。拉致は1950年代から行ってきたと推測され、それ以降の度重なる工作機関の改変で資料は散逸している。一部の被害者についてはもちろん把握しているだろうが、少なくとも「全拉致被害者」ではない。北朝鮮当局も分からず、もちろん日本政府も全てを把握していないのだから、そもそも交渉で全てを取り返すことなど不可能なのだ。だから逆に、交渉で救出するなら、それは可能な人からやっていくしかない。

最終的に生存している拉致被害者全てを取り返すためには、現在の金正恩体制が倒れ、少しでもましな政権になってから北朝鮮に入って調べるしかない。もちろんそうすれば北朝鮮で亡くなった人のことなども出てくるだろう。これまで政府や警察、外務省、そして自衛隊は何をしていたのかという批判も高まるはずだ。それは政府にとって避けたいはずで、それよりは横田めぐみさんや有本恵子さんら「目玉商品」的な被害者だけ取り返して支持率を上げたいというのが普通だろう。「全ての拉致被害者」を帰ってきた人だけに限定してしまえばそれでおしまいである。もちろん被害者を線引きして切り捨てることは絶対に許してはならないはずだ。

現地拠点設置の意味

日朝の連絡事務所設置が北朝鮮を利することになる可能性はあるし、そもそも現状の北朝鮮で設置を認めるかという問題もある。しかし、官民の合同で設置することで、ある程度政府あるいは親北勢力の暴走は防げるだろう。ともかく現地で相手側の動きを見ているだけでも、何か伝わってくるものはあるはずだ。いや、連絡事務所設置提案を投げかけることで、相手を揺さぶることもできる。

何もしないで私たち自身が「時間稼ぎ」をするのか、「時間稼ぎ」されるリスクがあっても前に進める可能性を模索するのか、という問題だと思うのである。(了)