トランプ次期米大統領は「米国第一」と共に「力による平和」の外交を唱える。共和党の先輩政治家であるレーガン元大統領も「力による平和」を掲げていた。しかし、同じ標語でも、内容は大いに異なる。
3種類の「てこ」
レーガン研究の第一人者で、米ジョージ・ワシントン大学大学院教授の政治学者、ヘンリー・ナウ氏は、著書「コンサーバティブ・インターナショナリズム」(保守的な国際主義)で、レーガン氏が米ソ冷戦時代、米国の力(経済力と軍事力)を3種類のてこに使ったと説く。「戦略上のてこ」「戦術上のてこ」そして「交渉上のてこ」である。
「戦略上のてこ」に使って成功した顕著な例は、宇宙配備の装備で敵のミサイル攻撃を防ぐ戦略防衛構想(SDI)の発表である。SDIは軍拡競争でソ連経済を破綻させ、ソ連の体制崩壊につなげるという壮大な戦略に基づいていた。
米国の中距離ミサイル、パーシングIIと巡航ミサイルの西欧への配備は、ソ連の中距離ミサイルSS20とバランスを取るという「戦術上のてこ」に使われた。この配備は同時に、米ソの中距離ミサイルを共にゼロにする中距離核戦力(INF)全廃条約を導き出す「交渉上のてこ」にもなった。
トランプ氏の「力による平和」はどうか。ウクライナ戦争を1日で終わらせると豪語するトランプ氏は、ロシアのプーチン大統領に対しては、停戦に応じなければウクライナへの軍事援助を強化すると脅す。ウクライナのゼレンスキー大統領には、停戦しなければ軍事援助を止めると脅す。双方に圧力をかけて「取引」を迫るつもりのようだ。これは明らかに米国の力を「交渉上のてこ」に使おうとするものだ。
力には、軍事だけでなく経済的圧力も含まれる。カナダとメキシコからの輸入品に一律25%の関税をかけるという脅しは、両国に合成麻薬と不法移民の米国への流入を止めさせ、米国の国民生活に平穏を取り戻そうとするもので、一種の「力による平和」の試みと言ってよい。しかし、これも「交渉上のてこ」としての力の使用にとどまる。
レーガン氏とスケールの違い
レーガン氏はソ連の体制変更を戦略目標にはっきり据えていた。大統領就任から2年後の1983年1月17日付の「国家安全保障決定指令(NSDD)75」にソ連の共産党一党独裁体制を変える目標を明示している。レーガン氏の「力による平和」はその目標達成の一環だった。
トランプ氏にはそうした戦略的視点がない。習近平(国家主席)体制の中国やプーチン体制のロシアと平和共存を図ろうとしている。これはレーガン氏が拒絶したニクソン(元大統領)=キッシンジャー(元国務長官)流のデタント(緊張緩和)外交に近い。
トランプ氏は「力による平和」を目指しているという一部のメディアや評論家の好意的論調を目にするたびに、レーガン外交とのスケールの違いを思わざるを得ない。(了)