公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

2026.06.08 (月) 印刷する

日比海洋境界交渉と日韓協定 黒澤聖二(元統合幕僚監部首席法務官)

わが国とフィリピンとの間に海洋の接点があることは、多くの日本人にとって馴染みがなかったのではないか。実際、わが国南西端の波照間島(沖縄県先島諸島)とフィリピンの北端ヤミ島の間に、両国の排他的経済水域(EEZ)が重複する海域が存在する。

6月1日、中国海警局が台湾東部海域で日比間の海洋境界画定交渉開始の発表に対抗して法執行活動を行ったと発表し、この件がにわかに脚光を浴びる形となった。

新たに注目を集めた日比海洋境界画定交渉の開始だが、わが国が周辺国と同種の協定を結んだのは約50年前の日韓大陸棚協定が唯一であり、その終了期限が近づいていることは見逃せない。

中国の抗議は的外れ

5月28日、東京で開催された日比首脳会談の共同声明の中に、両国が海洋法条約に基づき、EEZや大陸棚の海洋境界を画定する交渉を開始することが含まれていた。

この部分を取り上げ、中国外務省は同月29日の記者会見で、対象海域には台湾の東側の海域(中国のEEZや大陸棚)が含まれるとし、違法かつ無効であると抗議したのである。

他方、台湾外交部は6月1日、日比間の交渉を高く評価し、日比台3者間協力への発展を願っているとの立場を表明した。木原稔官房長官も同日の記者会見で、国際法上の問題は一切ないと反論した。

たとえ、日比間で海洋境界の画定交渉を行ったとしても、第三国である中国を拘束するものではないため、法的に無効とか海洋法条約に違反するという中国の指摘は的外れである。

ただし、日比双方の海洋が出会う海域は台湾の南東沖であり、日比2国間交渉とは別に台湾との調整が必要になるだろう。3国以上が関係する海洋境界の場合、まず合意が得やすい2国で交渉を始め、その後拡大する手法が一般的である。いずれにしても、法の支配を貫徹する上で、海洋境界画定交渉は海洋法条約に基づき淡々と進めるべきである。

2年後には日韓大陸棚南部協定の期限が来る

さて、これまでわが国が近隣国と海洋境界を確定したのは、1974年の韓国との大陸棚協定だけである。これは北部協定と南部協定の二つで構成される。対馬海峡から日本海を対象とする北部協定は境界を決めたが、南部協定は境界の画定を棚上げし、東シナ海の大陸棚の共同開発海域を定めるにとどめた。

その理由は、東シナ海をめぐり、韓国が中国に同調して大陸棚自然延長説をとり、沖縄トラフまでを自国の大陸棚と主張したのに対し、わが国は中間線説をとり、両国沿岸から等距離に境界線を引くよう主張して対立し、境界を決められなかったからである。その妥協策として、両国の中間線と韓国からの自然延長線の間に大陸棚共同開発区域を設定したのだが、わが国は中間線の日本側について韓国に譲歩した形になり、日本国内で不平等条約との批判が起こり、当時の国会でも問題視された。

そのため南部協定には有効期間が設けられ、1978年の発効から50年間が有効とされたので、2028年6月に期限を迎える。今後わが国は、2年後の期限までに「継続か終了か」の判断を迫られることになる。

最近の国際判例では中間線説が主流になり、自然延長説を考慮した南部協定は時代遅れという見方ができる。加えて、これまで韓国との共同開発の実績もなく、その存在意義はすでに失っているとも言える。もちろん相手国である韓国側の意向もあるが、わが国としては終了させることに問題はないだろう。

今後わが国は、周辺国と海洋境界の画定交渉をする際、少なからず中国が横やりを入れて来るはずで、それを念頭に交渉することが要求されるだろう。ただし重要な点は、過去の妥協事例を奇禍とするなら、新たな協定は国益を考え将来に禍根を残さないことである。政府に期待するしかない。(了)