公益財団法人 国家基本問題研究所
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2022.06.13 (月) 印刷する

「核戦力に関する一考」 宮川眞喜雄氏

前国家安全保障参与の宮川眞喜雄氏が6月3日、国家基本問題研究所企画委員会で世界の対立のmain theatreになりつつある北東アジア・西太平洋の戦略環境を踏まえ、核戦力に関し幅広い視点から語り、櫻井よしこ国基研理事長をはじめ企画委員らと、忌憚なく意見を交わした。

【概要】
1. わが国では長く軍事力の議論さえ抵抗がある中、核攻撃を受けた唯一の国民として、核戦力の議論には強い感情的拒否反応があり、その戦略的意義の議論を避けてきた。しかし、周辺諸国からの現実の脅威が高まり、ウクライナ戦争が武力行使への閾値を下げつつある事態にあって、我が国も核戦略に関する議論の入り口に立っている。

2. 核兵器開発と核ドクトリンの発達

  • 1945年からの米国による核兵器独占の時代は、1949年のソ連の核実験で終了。その後米国の核優越の時代が続くが、1964年に中国の核実験で核兵器の拡散の脅威が認識され、1970年には核拡散防止条約で核保有国の制限を狙う。
  • 1970年代、ソ連は核兵器の大型化、多角弾頭化など核戦力を強化。1975年頃から米ソ核均衡の時代に入る。
  • こうした歴史的背景の下で、米国は50年代に大量報復戦略、60年代にはその非人間性への批判を考慮した柔軟反応戦略、75年代に確証破壊戦略を策定し、その下で核兵器を活用して自国及びその同盟諸国の安全を確保してきた。
  • 米国は一方で核拡散を防止しつつ、自らは非臨界実験を含め、開発し、理論化し、精緻化し、小型化し、近代化し、戦力戦略に組み込んできた。2000年以降は核兵器の通常兵器化(conventionalisation)を戦略に組み込んでいる。
  • 現在では、米露中仏英以外にも印、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が保有。

3. NATOの戦術核の共有(Nuclear Sharing)

  • NATOの核共有とは、米国の戦術核兵器(重力落下型爆弾)が欧州数各国(核拡散防止条約上の非核兵器国を含む)に保管され(配備場所や配備数などは秘匿)、有事には航空機に搭載されて使用される。
  • 欧州諸国としては、欧州が核応酬の現場になることは回避しなければならないとしつつ、欧州に報復のための核兵器が存在しなければ欧州崩壊間際になって米国が核使用を躊躇しないかの疑念あり。米国による核使用は早過ぎても遅過ぎても欧州の安全保障には不都合であり、二重鍵(dual key)による核共有は、住民の生命財産を保護する責任を有する欧州政府自身の判断の介在が不可欠との主体者意識が発想の原点。
  • 米欧間には、リスクと責任の共有のための議論が進められてきた。核共有は同盟国に対する米国の拡大抑止の信頼性を高め、同盟の結束を確信させる。
  • この方式については、使用方式、所有、財政負担などに関し米国と配備国の間に国際約束がある。NATOでは、指揮系統が統合されている。

4. 米中の核戦力比較

  • 米国の核戦力は、ICBM、SLBM、航空機投下戦術核の3元で構成され、これに通常兵器を加えて統合戦力が構成される。80年代後半から2019年まで続いた米露の中距離核兵器撤廃(INF)条約に基づき、米露両国は長年中距離核を保有せず。
  • 他方中国の核戦力は、非公表ながら、ICBM、IRBM、MRBM、GLCMなどで構成される。INF不加盟の中国は、A2AD戦略方針から中距離ミサイルを多く持ち、これが核兵器に搭載されることが予想される(保有すると見込まれる核弾頭数は320(不公表)。2030年には1000発との予想。更に増加する恐れあり)。
  • グローバル協力の時代が終焉し、世界が新たな分断と対立の時代に入った今、対立の中心地域は北東アジアから西太平洋。この地域で米中間の中距離核兵器は均衡を失っている。INF条約で米国が中距離核を撤廃した反面、中国は条約に参加せず、着実に中距離核ミサイルを増強しつつある。

5. 米ソ中距離核戦力(INF)撤廃条約交渉

  • 70年代のソ連SS20の東欧配備への備えとして、米国は西欧にGLCMトマホークとパーシングⅡを配備。同時にソ連とその相互撤廃交渉を開始し87年に合意。
  • 2019年、米国はロシアの不遵守と中国の交渉参加拒否に鑑み、同条約から撤退。その結果、同条約は同年8月に失効。北東アジアから西太平洋における中距離核兵器の不均衡は、地域の安全保障の観点から深刻な問題。
  • 急速な軍備増強を強行する中国の接近拒否戦略の下でその中距離核戦力強化が予想される中、米国の拡大抑止による均衡を図る観点から、それに対抗するために米本土のICBMやSLBMだけで十分なのかという疑念あり。
  • 戦術核B61-11を運搬できるB-2爆撃機はそのステルス性故に、空中発射型核巡航ミサイル(AGM-86B)を運搬可能なB-52はその長い射程性により防空圏外からのスタンドオフ攻撃能力に優れている故に、極東での核共有には適さないとの評価もあるが、いずれも機数に限界があり、中国の中距離核戦力に対抗できるかだろうかという疑問あり。
  • 米国の中距離核戦力配備増強による抑止均衡のためには、ハワイやグアムは有力配備候補地だが、十分な数のINFを狭い島に配備するのは脆弱性が高い。韓国は中国に遠慮し、フィリピンは米軍基地を追い出した歴史あり。豪州は地理的に遠隔で対抗する抑止には攻撃時間に差がある。極東では日本は有力候補。政治、軍事、技術など多方面の戦略問題のプロフェッショナルによる議論が必要。

6. 新しい対立の時代の戦略理論

  • 中国が核の先制不使用を宣言していることを根拠に、我が国が米国の核兵器を受け入れれば、再度核攻撃の対象になるというナラティブがある。しかし中国のその宣言は、数を増加しつつある段階での批判をかわすための弁法であり、一定数を獲得すればある日突然変更する恐れはないかを考慮する必要あり。
  • 英国の政治学者ローレンス・フリードマンは、今後の戦争はハイブリッド戦争となり、日頃は市民社会の陰に隠れて不安を作り出し、国民の士気を挫くなど、平戦時の区別がつかない戦いが展開されると予想。その中で、少しでも防御が甘くなると、力の均衡が崩れることから、国家は核も通常戦力も補強すべきだと主張している。
  • 我が国の核兵器に関する外交政策は、非核三原則と核拡散防止条約上の非核兵器国としての立場に総括される。近傍に複数の核兵器保有国が存在し、それらが我が国に狙いを定めている中で、一国だけの核軍縮はもとより、一団の諸国だけの一方的核軍縮努力によって「核兵器のない世界の実現」を図るという我が国の基本外交政策目標は果たして現実に達成可能な目標設定なのか、我が国国民の安全は確保できるのか、我々は歴史に学ぶ必要がある。

【略歴】
1951年、京都出身。東京大学工学部航空学科宇宙コース卒、オックスフォード大学国際政治学博士。1976年運輸省に入省、1979年外務省移籍、その後、日本国際問題研究所所長、気候変動交渉担当審議官、軍縮不拡散科学部長、中東アフリカ局長兼アフガニスタンパキスタン担当特別代表兼日米原子力協力担当大使、駐マレーシア特命全権大使、前内閣官房国家安全保障局国家安全保障参与など歴任。

東京大学大学院及び政策研究大学院大学で教鞭をとる。著書:「Do Economic Sanctions Work?」(Macmillan社)、「経済制裁」(中央公論社)訳書:「同盟の力学」(東洋経済新報社)叙勲:フランス国家功労勲章コマンドゥール。