6月6日(火)、国家基本問題研究所は来日中のケビン・ドーク 米ジョージタウン大学教授を招き、特別講演会を東京・千代田区のホテルニューオータニで開催した。
ドーク教授は第1回日本研究賞を受賞した米国の歴史学者であり、今回は「アメリカの政治・メディアで中国はいかに議論されているか」というテーマで講演した。
講話の概要は以下のとおり。
【講話の概要】
現代アメリカのアカデミズムや政治、メディアの世界で中国に関する話題が登場しない日はないほどだが、どのように議論されているか、果たして日本に伝わっているのだろうか。今回はアメリカ国内の議論の模様を具体的に紹介し、皆様のご参考に供したい。
● 米国の主要な中国批判の学者
第1に、ゴードン・チャンをあげる。中国系アメリカ人のコラムニスト、作家、弁護士で、2001年に出版した『来るべき中国の崩壊』などで中国を批判した。中国の支配層の分裂が経済問題の解決を阻み、そうした未解決の問題がいずれ中国共産党の転覆につながると指摘した最初の一人でもある。加えて、異なる意見に対する寛容さは中国には存在しないというチャンの指摘は重要だ。
第2は、スティーブン・モジャーで、『なぜ中国の夢は世界秩序への新たな脅威なのか』の著者。彼は習近平の危険性をいち早く察知した一人でもある。習近平の「チャイナ・ドリーム」を脅威と呼び「その脅威は今や現実のものとなっている」と述べた。チャンが中国共産党の崩壊を予想するのとは逆に、習近平の影響力が後々まで続くと予想した。
第3は、トシ・ヨシハラとジェームズ・ホルムズで、その共著『太平洋の赤い星』(2010年)の2018年改訂版では、東アジアの主要なシーレーンの平和的航行を脅かす攻撃的な中国に警告を発した。中国の海洋政策が米国や東アジアの友好国(特に日本)にとって現実的な脅威であることは、極めて正しい認識である。
第4は、異色の研究をするヘレン・ラーリーである。2020年に出版された『反動:中国の攻撃性が如何に跳ね返るか』は、2019年に中国が世界に放った「武漢ウイルス」を踏まえて中国の権威主義を取り上げた最初の大著として注目された。習近平の「一帯一路」プロジェクトは、多くの国々を経済的に中国に依存させ、中国の深刻な人権侵害や海外での攻撃的な行動に異議を唱える者を排除するが、その反動がいつかくるのだと彼女は指摘する。
● 最近のジャーナリストによる中国批判
次に、ニューヨーク・タイムズ紙(2018年3月1日)にマックス・フィッシャーが書いた「中国の権威主義方式の危険な実験」というタイトルの記事。モジャーやラーリーとは対照的に、フィッシャーは習近平の権威主義を人格崇拝の連続的な発展とは考えず、むしろ制度、つまり官僚制とコンセンサスに基づくものであったと主張している。
中国の権威主義がこれからの悪い波になるかもしれないという考え方は、1年後にラリー・ダイヤモンドがウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿した。彼は記事でアメリカの政治的腐敗が、アメリカの道徳的地位とグローバルな魅力を損ない、中国に対抗する力を弱めているとも指摘した。
そして、ヨシハラやホルムズのようにダイヤモンドが心配するのは、中国の国際的な影響力である。習近平が作る中国の新たな勢いは、今日の独裁者たちに謝罪することではなく、公然と暴虐を行うことを促している。
最近、中国を批判する人々の間で強調されるのは、中国国内の宗教、民族、その他の迫害よりも、特に中国国外にいる人々に対する中国のデジタル覇権主義の脅威である。ニューヨーク・タイムズ紙(2021年3月21日)に掲載されたデビッド・サンガーの記事が最たる例を示している。
● 現代アメリカ政治における中国への対抗
中国を強く批判するアメリカの政治家の中で、最も目立ち、影響力があるのは、もちろんドナルド・トランプである。彼は、中国が今やアメリカにとって最大の敵であり、アメリカの繁栄と世界における影響力を脅かす最大の脅威であることを知っている。
彼の国務長官マイク・ポンペオは、中国の権威主義的な侵略に挑戦するトランプ政権の中心人物であった。 2020年7月23日にリチャード・ニクソン図書館で行われた「共産中国と自由世界の未来」という記憶に新しいスピーチで、ポンペオは「習近平が夢見ている中国の世紀ではなく、自由な21世紀を望むならば、中国への盲目的関与という古いパラダイムでは絶対に成し遂げられない」と述べている。
もちろん、中国の権威主義に立ち向かったもう一人のトランプ政権幹部は、ウィリアム・バー司法長官である。 彼は「中国の支配者の究極の野望は、米国との交易ではなく、米国を奇襲すること」だと言う。私は、中国の対日貿易政策についても同じことが言えるのではないかと思う。
現在のアメリカ政治では、中国に批判的な政治家が共和党に多く、中国に甘い政治家が民主党に多く見られる。もちろん例外はあり、民主党のボブ・メネンデス上院議員(NJ)やチャック・シューマー上院議員(NY)などがいる。
共和党の対中批判の先鋒としてはトム・コットン上院議員(AR)、ジョシュ・ホーリー上院議員(MO)などがいるが、中でもマルコ・ルビオ上院議員(FL)は、中国への批判を、キューバからの難民であった自身の家族、特に親しかった祖父の歴史と結びつけ、厳しい態度で有名だ。
中国に批判的な政治家のリストは更に増やせる。上院ではテッド・クルーズ(TX)とリック・スコット(FL)、下院ではジム・バンクス(IN)とエリス・ステファニック(NY)が中国に厳しい態度で臨む。
中国に批判的な学者やジャーナリストは、先に述べた人たちに加えて、ニュート・ギングリッチ元議長、コンドリーザ・ライス、サダナンド・ドゥメ、ゴードン・クロビッツ、特にワシントンタイムズ紙のビル・ガーツなどがいる。
この認識が次の大統領選挙にどのような影響を与えるかについては、いくつかの理由から判断が難しい。
まず最も重要なことだが、アメリカ政治の有名な格言で「すべての政治はローカルである」とされる。アメリカの大統領選挙が、外交問題、特に戦争が行われていないときに左右されることはほとんどない。アメリカ人は、犯罪、麻薬、税金、中絶、人種など、さまざまなローカルな問題には感心を持つが、中国には感心がないことが多い。
第二に、中国の資金がアメリカの政治家、学者、組織の多くを堕落させることである。加えて中国共産党に対する抵抗勢力であるキリスト教徒の割合は大幅に低下し、わずか10年前の77%から64%にまで低下している。特に若いアメリカ人は、自国の権威主義に慣れてきており、信教の自由に対する関心も低いので、中国の膨張主義を大きな懸念材料とは思わないだろう。中国から大金を得ることができれば、なおさらである。
しかしこの状況は日本にとって、中国の脅威をより明確に発言する機会を与えてくれるかもしれない。G7サミット後の在中国日本大使の発言のように、日本の政治指導者が原則的で妥協のない発言をすることは、新しい世界秩序における日本の役割を明確にすることにつながる。そして、このようにリーダーシップを発揮することで、日本は中国に国際規範と法の支配に沿った行動をとるよう促すことができるかもしれない。そしてそれは、誰にとっても有益なことである。
【講話者略歴】
1960年生まれの米国の歴史学者。高校時代に長野県上田市で留学経験、シカゴ大学で日本研究により博士号取得。イリノイ大学准教授などを経て、京都大学、東京大学、立教大学、甲南大学などで学び、現在はジョージタウン大学教授、麗澤大学で客員教授。
日本で出版された著書に、『日本浪漫派とナショナリズム』(柏書房、1999年)、『日本人が気付かない世界一素晴らしい国・日本』(ワック、2016年)などがある。また『大声で歌え「君が代」を』(PHP、2009年)で第1回日本研究賞を受賞。
詳細は後日、「国基研だより」や国基研ホームページで紹介します。ご期待ください。
(文責 国基研)