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2025.06.02 (月) 印刷する

総合安全保障プロジェクト 「中国海警の尖閣上空領空侵犯と日本の対応」 岩田清文・企画委員/中川真紀・研究員 

 今月の総合安全保障プロジェクトの月次報告は、岩田清文企画委員(元陸上幕僚長)と中川真紀研究員による「中国海警の尖閣上空領空侵犯と日本の対応」。今月初めにわが国尖閣諸島周辺海域に展開する中国海警の艦載ヘリコプターがわが国領空を侵犯した。今回はその概要と海警の能力などを分析・評価し、わが国が今後とるべき対応などにも言及した。

 早朝第1部は、国会議員をはじめ企画委員などに対し、昼からの第2部は、主要メディアに向けて発表した。

第1部:総合安全保障プロジェクト月次報告会(午前8時~9時)
その1:中川研究員発表

中川研究員による「中国海警の尖閣上空領空侵犯」に関する発表概要は以下のとおり。

【概要】
〇中国海警は第2の海軍

 まず初めに、中国海警船が所属する海警総隊の概要を見てみよう。中央軍事委員会が人民解放軍と海警総隊を統一指揮する編成であり、海警総隊は北海海区、東海海区、南海海区から構成される。そして、東海海区には直属第1支隊と直属第2支隊があり、両支隊が尖閣諸島を担当する。

 海警総隊の装備を見ると、近年急速に海軍仕様の巡視船を配備していることが際立つ。76ミリ砲を搭載する海軍仕様の1000トン級以上の船舶数は、平成24年の40隻から令和5年の159隻へと、約10年で4倍増である。他方、海上保安庁の1000トン級以上の船舶は51隻が75隻に増えたに過ぎないし、海軍仕様でもない。海軍仕様の場合、ダメージコントロール(被害局限と復旧)能力、対水上・対空レーダー、火器管制レーダー、防空システムが装備され、これは明らかに戦闘のための装備であり、法執行のための装備ではない。つまり中国海警船は戦闘を意識した装備を増強していると言える。

〇計画的な領空侵犯
 防衛省によると5月3日、尖閣諸島周辺のわが国領海に侵入した海警船(2303)から発艦したヘリが飛行していることを、海保巡視船が確認。空自南西航空方面隊戦闘機を緊急発進して対応したという。中国ヘリ領空侵犯の目的は、日本の民間機が尖閣領空を飛行したため対応したということだが、民間機の領空飛行開始が1218、海警船(2303)の領海侵入が1218、ヘリ発艦が1221という短い時間差を考えると、あらかじめ民間機の飛行計画を熟知し、計画的に対応したことが伺える。海警船は領海侵入する際には、AIS信号を切ることが常態化しているが、今回は日本の民間機が新石垣空港を離陸するタイミングで海警船がAIS信号を切っており、事前に領海侵入の準備をしていたと言えるだろう。

 加えて海警船の行動を遡って確認すると、ヘリ搭載能力のある2303艦は4月下旬、イレギュラーな形で他の3隻から離脱し東海海区指揮部のある舟山方面へ向かっており、領空侵犯の準備のためにヘリを搭載、あるいはヘリの整備をした可能性が示唆される。

 いずれにせよ、この領空侵犯をもって、中国の尖閣領有権による法的正当性を主張する根拠とする動きを加速させたことは否めない。

〇近年の海警総隊の動向と見通し
・法を整備、装備も拡充し、より軍に近づく

 昨年6月、「海警機構行政法執行手続規定」を施行し、尖閣諸島周辺海域で活動する日本漁船・調査船に加え、船主や同乗者なども協力者として拘留する法的根拠を整備した。さらに、北海海区直属第6支隊では巡視船ヘリによる法執行飛行活動を開始し、東海海区直属第2支隊では中露海警共同演習をロシアのピョートル大帝湾で実施、あるいは北極海にも進出するなど長期航海能力を向上させている。

 また、南海海区直属第3支隊では、高速艇3隻を搭載した海警船が、左右両舷と船尾から着水させる能力を訓練した。特に船尾のスリップウェイを使えば、高速艇の迅速な着水、機動運用が可能となることから、法執行能力が格段に向上したと言えるだろう。

 加えて、陸軍所属の海防旅団8個のうち、1個旅団が海警に改編された。これは、軍の任務遂行能力をそのまま海警として法執行任務に充当させることを意味し、軍との一体化が進んでいることが分かる。

・尖閣対応能力が向上
 一昨年末、習近平中央軍事委主席が東海海区指揮部を視察した際、日中中間線及び尖閣周辺海域で活動中の海警2個編隊をリモート視察し、対日指向能力を強化する意思を示した。実際、昨年末にはコルベット艦改造船やフリゲート艦仕様(ヘリ搭載)2隻が、本年にはフリゲート艦仕様の最新型(船尾にスリップウェイ)が投入されるなど、海警船装備の能力アップが図られている。

 また、尖閣諸島に対応する直属第2支隊の訓練は、高速ボートを使用した烈度を上げた新たな手法の訓練を実施している。尖閣諸島周辺への配備だが、通常4隻のところ、何かあれば8隻に移行できる体制で運用している可能性がある。

・後方基地の増強
 尖閣諸島に最も近い玉環島海軍基地を海警船の後方基地として整備を進めていることは、すでに昨年夏に報告したとおりだが、さらに海軍基地の桟橋が造設され、接岸能力が約5倍になり、尖閣任務の海警船が補給整備をするため接岸している様子が衛星写真で確認された。

・今後の見通し
 中国海警の能力は軍に限りなく近づくことは間違いない。これからの台湾有事を見据え、法執行パトロールに必要な警察力を超える戦力を保持するだろう。
 さらに、今回の海警ヘリによる領空侵犯を皮切りに、有人であれ無人であれ、ヘリを利用した日本船舶への対応など、今後は領空侵犯が常態化する可能性も考えられる。

その2:岩田企画委員発表
 中川研究員の報告に引き続き、岩田企画委員が、「日本政府の対応」に触れ、政府に期待する方策に関し発表した。その概要は以下のとおり。

【概要】
〇日本政府の対応

 中国海警ヘリによる領空侵犯への日本政府の対応は、5月3日、外交ルートを通じ紋切り型の抗議と再発防止を要請しただけで、全く評価できない。他方、9日になり自民党からは、抗議だけでは済まされない、などの懸念が表明されたことには一定の評価をしたい。

 一方、外交の主務大臣である岩谷外相は、事案発生から10日後の5月13日の記者会見で「航行の安全を図る目的で」「尖閣の領有権を主張する中国を過度に刺激しないよう飛行の自粛を求めていた」ことなどを明らかにした。しかし、これでは日本政府として尖閣諸島は航行の安全を確保できない危険な空域、つまり施政権が及んでいないと発信しているようなものである。

 さらに、石破総理大臣から断固とした意思表示が、いまだ見えてこない。このような状態では、日本が実効支配していると言えるのかという疑念が生じかねない。

 それでは、いかなる具体的対応策があるのか、今後とるべき可能な一例を次に示す。

〇今後取るべき対応
① 尖閣諸島の有効支配を総理大臣の強い意思として中国に示すとともに、久場島と大正島を日米共同訓練場として利用し、有効支配の事実化を図る。

② 下地島空港を国の管理とし、自衛隊基地を開設して、空自が対応するための地理的距離を近づけ時間的制約を少なくする。

③ 領空については、現在航空自衛隊しか対応できない領空侵犯措置だが、海上保安庁も対応可能な能力を付ける他、領土については上陸阻止能力を海保に付与する。

④ 尖閣諸島に限らず連日中国が仕掛けてきている認知戦に対し、有効に対応できる体制を速やかに強化すべきである。

第2部:総合安全保障プロジェクトメディア向け報告会(午前11時半~午後1時)
 昼から実施したメディア向け報告会では、まず中川研究員の報告(第1部で概要記載)が行われ、その後国基研企画委員の岩田清文・元陸上幕僚長、その他関係者から最新の状況を踏まえたブリーフィングが行われた。
発表の後、出席記者からの質問に答える形で補足説明も行われ、活気ある議論が展開された。

【質疑応答】
Q:中国海警船が人民解放軍東部戦区の海軍基地を利用しているとの説明があったが、このようなことは珍しいことか。
A:珍しいことではない。今回のように海警船が海軍基地の桟橋に付けるのとは逆に、海軍艦艇が海警基地を利用することもある。海警直属第1支隊と第2支隊が交代で尖閣任務につくというローテーションで運用されるが、彼らが補給や休養のため玉環島の海軍桟橋を利用することが多く、今回は第1支隊の船舶2隻が横付けするタイミングを衛星写真で確認したものである。

Q:対領空侵犯措置の権限を警察組織である海保に付与するということは、どれだけ現実味があるのか。
A:最終的には空自戦闘機が対応することが効果的であるのは当然である。しかし、今回のように時間的に空自が即応できるかという問題もある。海保による対応というのは、即応という問題を解決する一案である。加えて、外形上の問題もある。海保のヘリが領空内を飛行することで、国際的にも、尖閣領空はわが国領域だという主張をすることに意味がある。

Q:中国海警ヘリ領空侵犯の説明の中で、日本の民間機のフライトプランを中国が把握していたと考えられるとの指摘があったが、フライトプランを取得するのは容易にできるものなのか。
A:ご質問のように、大概の日本側の情報は厳密に秘匿されていない限り、中国に吸い取られていると考えた方がいいだろう。今回の場合も海警船は、あらかじめ正確な情報を得ての行動パターンをとっていることが読み取れることから、そのように指摘した。

この総合安全保障プロジェクト月次報告会は、記者向け報告会とともに、継続実施していく予定である。 (文責 国基研)