公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

最近の活動

  • HOME
  • ニュース
  • 『中国の「新質戦闘力」構築:新興技術の安全保障分野への応用』 土屋貴裕・京都外国語大学教授
2025.05.19 (月) 印刷する

『中国の「新質戦闘力」構築:新興技術の安全保障分野への応用』 土屋貴裕・京都外国語大学教授

国際政治経済学や安全保障論を専門とする京都外国語大学の土屋貴裕教授は、5月16日、国家基本問題研究所の定例の企画委員会にゲストスピーカーとして来所した。

土屋先生は、関心項目である中国人民解放軍が構築を急ぐ「新質戦闘力」や新興技術が安全保障に応用される実態などについて説明し、その後国基研企画委員らと意見を交換した。

教授の話の概要を以下に紹介する。

【概要】
・中国は「新質戦闘力」を強化

「新質戦闘力(New Quality Combat Forces)」は、近年「新域(New Domain)新質戦闘力」とも言われ、その内容は情報化・智能化・多領域化で拡張された次世代戦力概念とされる。従来の陸・海・空といった伝統的領域を超え、宇宙、深海、電磁スペクトラム、サイバー空間などの新たな作戦領域(新域)及び人工知能(AI)や無人システムなどの先端・新興技術を活用した新たな性質(新質)の戦闘能力を指す。

例えば、宇宙領域では衛星を運用する軍事宇宙部隊、サイバー電磁空間では制電磁権のための情報支援部隊・サイバー空間部隊などを整備している。加えて、無人システムではUAV/USV/UGV(無人航空機/無人水上艇/無人地上車両)のスウォーム(群れ)攻撃・自律協同作戦を開発し、AIでは指揮統制・情報解析を自動化する「インテリジェント精密打撃システム」を演習に投入し、認知戦ではディープフェイク(AI技術による合成メディア)やSNS操作などにより平時からグレーゾーン作戦を強化している。
 
・新興技術の軍事転用
それでは、中国はどのように新興技術を安全保障に利用しようとしているのだろうか。

中国は、経済発展と国防建設の一体化を掲げ、軍民融合を国家戦略に引き上げ、新興科学技術分野やデュアルユース技術分野の研究開発を加速させている。

具体的にはAIやビッグデータ、量子、脳神経科学分野、フロート型原子力発電、宇宙開発(北斗衛星、有人宇宙ステーション、火星探査)など、他国に比べ導入のハードルが低い中国が有利な分野であり、いずれも軍民両用技術である。

特に、中国が世界の最先端を行く量子工学の応用分野である量子通信や量子コンピューティング、量子センサ、量子レーダーは、実現すれば安全な秘匿通信やステルスプラットフォームの検知、潜水艦の航法向上などに応用可能である点は注目に値する。

加えて、AIの軍事分野への応用例として、陸・海・空・宇宙のプラットフォームの無人・自律化、あるいは、ブロックチェーン技術(暗号技術を利用した分散型台帳)を軍事に応用し軍用物流の総合的管理に貢献させる。さらには、脳・神経科学分野で「制脳権」(認知空間の支配)で認知戦争の戦場で優位獲得のための研究を加速させている。

・増大する安全保障上の懸念
中国における民生技術の軍事転用は、軍用規格の水準にあるハイエンドなものに限られないことに留意する必要がある。たとえばAR/VR(拡張現実/仮想現実)技術は、民間か公的利用かを問わずに様々な用途に応用しやすい技術である。中国の技術水準は必ずしも高くないが、医療・製造・エネルギー・交通などの伝統的な産業のみならず、デジタル領域や広告・宣伝・放送領域、訓練・演習・シミュレーションといった軍事・国防用途など、社会のあらゆるシーンで多用途(マルチユース)に実証されている。

これらの意味することは、アジア太平洋の周辺国に対し、宇宙・ミサイル戦力や海・空無人システムで中国が突出するという非対称な現実を提起し、抑止力強化を促す。

さらに、中国は産業・技術政策の中で産官学の総力を挙げて優位獲得を目指しており、経済安全保障の重要性が一層拡大する。

今後、中国の能力評価の不確実性は増大すると言えるだろう。中国が新質戦闘力を獲得して実戦化するまでには一定の時間がかかるだろうが、中国軍の戦力が飛躍的に向上する可能性は否定できない。

【略歴】
慶応義塾大学環境情報学部卒、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒(安全保障学博士)。在香港日本国総領事館専門調査員、京都先端科学大学経済経営学部准教授などを経て現在は京都外国語大学教授。著書に『習近平の軍事戦略 「強軍の夢」は実現するか』(共著、芙蓉書房出版、2023年)、『米中の経済安全保障戦略:新興技術をめぐる新たな競争』(共著、芙蓉書房出版、2021年)ほか多数。
(文責:国基研)