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2011.08.05 (金) 印刷する

「福島第一原発事故の分析と教訓」 奈良林直北海道大学大学院工学研究院教授

北海道大学大学院工学研究科の奈良林直教授は8月5日、国家基本問題研究所で、「福島第一原発の事故の分析と教訓」について語り、同研究所企画委員会メンバーと意見交換した。奈良林教授の主な発言要旨次のとおり。

事故原因究明に関心のない官邸

今回の地震、津波で破壊されたのは福島第一原子力発電所だけでなく、鹿島、原町、新仙台などの火力発電所もみな被災している。火力発電所ももう2,3年は使えません。これに対し、女川原発や東海第二は難を免れている。女川は震源地に近かったけれども、敷地が福島より5メートル高く、被害が軽微ですんだ。自然災害に対する先人たちの危機意識を受け継いで、設計、運転に活かしていた。経済性を重視すると、水面に近い方が取水口から水をくみ上げる動力が少なくてすむということになってしまう。津波に対しては、敷地高さが決め手になるということです。東海第二の場合は、茨城県から指摘され、発電所を守るための堤防をかさ上げしていた。いずれも物理的な事故防止策が講じられていた。

福島第一原発の事故原因、さらに他の発電所はどうだったか、など国民にちゃんとした説明が行われていないため、国民の不安が広がってしまった。直接会った福山副官房長官も、官邸にも事故の原因をしっかり分析して国民に説明するという意識が感じられない。もう脱原発路線に突き進んでしまっている。原発止めろ、の風潮がおおっています。

以上は津波による事故ですが、地震自体による破壊もあった。例えば、送電の鉄塔が倒れ、外部電源が失われた。これは、耐震Cクラス、つまり一般の建築基準法と同じ規格で作られていて、敷地内の山側盛土斜面に設置されていたためだ。また、受電設備も福島第一のは古くて重い設備だったため、地震で碍子が折れ、外部の電源が受けられなくなってしまった。更に津波が追い討ちをかけ、電源盤をショートさせた。このため全電源喪失という厳しい状況に追い込まれた。中越沖地震の際の柏崎原発はほとんど直下型の強い地震を受けたが、新型の受電設備で破損を免れ、外部電源は確保できたのです。

官邸の情報管制

事故発生当初から報告は逐一東電から官邸に伝わっている。3月11日の夜半にすでに放射能が出た、という報告も官邸に行われている。原子力安全・保安院にも物凄い量の情報が送られている。菅首相の指示と言われているが、情報は官邸でおさえられ、外部への発信は行われなかった。海外も情報がないため、原発から80km外に退避させるという措置をとる国まであらわれた。アメリカのNRC(原子力規制委員会)はいち早く来日したが、正しい情報をえられず、一週間ぐらい何が起きているのかわからず、助言がちぐはぐとなった。

当日夜中にはもう放射能漏れ

格納容器には原子炉の点検をする時に開ける蓋があるが、事故が起きた時、設計圧力(最高使用圧力)の約2倍まで内部の圧力が上がってしまった。ベントが遅れたためだ。ボルトが高い圧力で引っ張られ、ベントする前に放射能を含んだ蒸気がシール部から漏れだしている。そして、水素爆発を引き起こした水素も漏れている。12日の朝は風が太平洋側に吹いており、ベントすれば、放射能はすべて海の方に流れるという絶妙のタイミングだった。そこへ菅首相を乗せたヘリコプターが飛んできた。そのためベント作業する時間が2時間ほど遅れてしまった。東電関係者は、「一番忙しいときにお邪魔虫が来た」と言っています。

地元の住民に早朝から避難命令が出て、東電は避難完了したかどうかを見極めていたので、ベント着手がもともと遅れてはいたが、それがさらに遅れる結果となってしまった。また、すでに前日の夜中からメルトスルーといって溶融物が圧力容器の下にたれ落ち始めている。原子炉建屋の放射線レベルが上がり、東電は社員に対し退避命令を出している。何人かの人は残ったが、本当に大事な時に地元住民の避難確認までしていて手薄になりしっかりした対応が取れなかった。

避難確認は本来は政府の仕事だ。政府の対応が後手に回ったいわば、人災である。東電本店なのか、現場の所長なのか、政府なのか原子力安全委員長なのか保安院長なのか、指揮命令系統と責任体制が不明確で、迅速な注水やベント作業の開始を指示するプロフェッショナルな判断ができる人がいなかった。3月11日の夜が勝負だった。

それにしても、アメリカのNRCが専門家集団であるのとは対照的に、日本は保安院にしても東電にしても、幹部層にしっかりした知識をもった専門家がいない。役所の場合は、2年たつとローテーションで替るので、しっかり対応できる専門家がいなくなる。知識がなければ的確な対応ができないということです。

原発止める必要ない、ストレス・テスト

菅首相が発表したストレス・テスト(負荷をかけて安全をチェックする)実施の件ですが、ストレス・テストの指示がある前に、もう日本の電力会社は保安院からの指示でテストの実施内容の中身と同じ報告書を出している。玄海原発もすでに報告書を出しているのに、テストをやれという。その結果がくるまで運転再開をみとめない、というからおかしな話になってしまう。

欧州のストレス・テストは、日本の保安院から国際原子力機関(IAEA)に提出された報告書がベースになっているので、日本の原発に出している保安院の指示と中身がほぼ同じです。ただ、問題は評価がきちんと行えるかどうかです。保安院に専門家がいなくても保安院のもとに原子力安全基盤機構という組織があり、専門家を集めている。彼らを使いこなせるかどうか、保安院の行政官の腕にかかっているのです。

また、ストレス・テストの実施について、欧州では運転しながら実施しているのに、日本では止めさせてからやっている。テストはシミュレーションなので机上検討です。

いつの間にか、錯覚が広がってしまった。なお、欧州連合(EU)の場合は、人身事故やテロ対策が評価の中にあるのに、日本ではないとの指摘があるが、公表していないだけで陰では対応策を実施している。手の内を明かしたくないという理由がある。対策を公表することでテロにヒントを教えることになる。

生かせぬチェルノブイリの教訓

ヨーロッパに放射能が降り注いだ後、原発が運転再開できることになった切り札が、フィルタードベントです。放射性物質をこしとってからベントするのです。フランスではこれを取り付け、ヨウ素やセシウムもかなり弱くできる。日本では危険でない原発になぜ取り付けるのか、と反対派から詰問されて、電力会社が安全ですから要りませんと腰が引け、とりつけられない。日本ではまともな議論ができず、必要な対策が進まなかった。

事故収束の新コンセプト

米国のスリーマイル原発事故のあと、「原子炉が外部注水にたよらず自ら事故を収束させる」コンセプトに基づく次世代原発が国際プロジェクトで開発され、建設されつつある。今、上海でウェスティングハウスが建設している6基は、格納容器の上に水があって、事故が起きると水を垂らし格納容器の鉄板を外から冷やす。そして内部の方は、炉心が冷却できなくなると、高温になってバルブが溶け、プールの水が原子炉を全部浸す。原子炉を冷やすと発熱して蒸発が起き、外側を冷やしてある鉄板のため蒸発した蒸気が水になって落ちる。だから水は減らず、そのままずっと放っておいても冷却ができる。

また、格納容器の鉄板と原子炉建屋の間に隙間があって、そこが煙突のようになって空気で冷やされる。自然空冷で最終的に事故が収まる。なにも消防ポンプを持ってくる必要がない。これが世界で新たに建設されようとしている最新鋭の原発の基本コンセプトです。

また、アイソレーション・コンデンサーといわれる方式は、もともと原子炉建屋の中のプールに多量の水が張ってあり、この水の蒸発で自然冷却できる発電所も、アメリカのNRCの型式認証をほぼ取れるところまできている。福島第一原発にはこれが2基ついていたが、この機能を使いきれなかった。

コストかかり過ぎ、太陽エネルギー

日本の原発50基を全部止め、その分をすべて太陽エネルギーで賄うとすると160兆円かかる。今、日本で一番安い太陽電池パネルをつかって発電するとしてだ。太陽光は一日24時間のうち6時間しか発電しない。稼働率は25%です。その上、晴雨率が半分の50%だから、稼働率は12.5%しかないことになる。このような計算と実績は一致している。

毎年1.6兆円投資すると、達成するのに100年かかる。その倍の3.2兆円つぎ込んでも50年かかる。だから10年間で太陽エネルギーだけで全体の20何%の発電ができるなんてありえないでしょう。10年間、全量買取制度を実施したトイツでも太陽光は1.9%しかない。100年かかって19%。風力も現状は6%です。

サウジだって原発導入に熱心

世界最大の産油国で、日本が29%原油を輸入しているサウジアラビアが原発16基作る計画をたてている。昨年、先方の王立大学副学長が北大を訪れ、原子力教育での協力要請をしてきた。このため、わたしはこれから先方に教えに行きます。福島原発事故後も計画に変更はないと聞いている。天然ガスが出るマレーシアも原発に熱心で、日本人グループで教育に出向いている。ベトナムもインドネシアもみんな前向きです。

(文責 国基研)

発言要旨PDFはこちらから