1998年当時、アメリカで『ザ・レイプ・オブ・南京』がベストセラーとなっていた。著者の中国系アメリカ人のアイリス・チャン女史は全米各地で、日本軍が南京で二十万人もの中国人を虐殺し、暴行する「ホロコースト」を行ったと糾弾し、改めて日本の戦争犯罪を徹底的に追及すべきだと講演をして回った。
このような反日宣伝の横行に対して、日本会議は以下のような手順で対策を練った。
まず、背景を徹底的に調査する。「チャン女史は何者で、どうしてこのような本を書いたのか」「彼女の講演会を開催しているのはどのような団体で、何が狙いなのか」という視点で調査した。
その結果、チャン女史は中国系アメリカ人団体「世界抗日戦争史実維護連合会」のメンバーであり、この団体が反日宣伝の主動的な役割を担っていることが分かった。彼らの狙いは「サンフランシスコ講和条約を見直し、改めて日本に対して戦後賠償を要求すると共に、日本の国連常任理事国入りや憲法改正、日米同盟の強化に反対し、日本をして永久に非武装国家としておくこと」であり、中国政府とも連携していた。
第二に、こうした背景分析に基づいて、誰を対象になぜ反論するのか、コンセプトを検討した。
アメリカ人に対して「チャン女史の本は、史実に反している」「日本は南京大虐殺をしていない」などと反論しても相手にされないからである。仮にインドネシアとシンガポールの間で歴史論争があり、インドネシア側が我々日本人に対し「シンガポールの主張は間違っている。真実はこうなのだ」と、長々と説明をしたとして、まともに聞くだろうか。「歴史問題ならば、専門家に任せるよ」で終わりだ。真実を訴えれば、世界は理解してくれるというのは幻想に過ぎない。
しかし、日米同盟を支持するアメリカの政治家や政策担当者、軍幹部に対して、「チャン女史たちの背後には中国政府がおり、反日宣伝の狙いは日米分断策動なのだ。よって中国の反日宣伝に乗らないでほしい」と訴えればどうだろうか。少なくとも日米同盟を支持するアメリカ人ならば関心を持ち、チャン女史の言論に警戒心をもってもらえるはずである。よってチャン女史とその支持団体が中国政府と連携して日米分断策動を仕掛けてきているという前提で、アメリカのオピニオン・リーダーを対象に英文の本を作成することにした。
第三に、どのような反論をするのか。
当時も今も、中国系の反日宣伝が行き渡ってしまっているアメリカでは「南京大虐殺はなかった」などと主張しても、歴史修正主義者とのレッテルを貼られるだけだ。
そこで、できるだけアメリカ側の史料を引用し、公正性を担保すると共に、日本軍が南京攻略戦に際して、捕虜の保護、民間人の殺害禁止、略奪の禁止といった命令を出していたなどの事実を具体的に紹介し、チャン女史の「南京二十万人殺害説」を立証する証拠が見つかっていないことを訴えた。そのことで、チャン女史の本が学術書ではなく、日米分断策動という政治的意図をもつ宣伝本であることを浮き彫りにしようとしたのだ。
こうして作成した日英バイリンガルの単行本、『再審「南京大虐殺」』(明成社)を、「日米同盟を守り、アジアの平和を維持するためにも、中国による日米分断策動工作に引っかからないでほしい」とのメッセージと共に、アメリカの各界リーダーたちに配布した。その効果が多少はあったのだと信じたいが、その頃からアメリカでは、南京大虐殺=ホロコースト論があまり語られなくなり、アメリカの法廷で相次いで提訴されていた戦後補償請求裁判も下火に向かった。
よって結論。国際情報戦を戦うためには、現在アメリカで繰り広げられている反日宣伝は誰が何の目的で行っているのか、まずは徹底した情報収集と分析が必要だ。
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