第一次安倍政権は、2007年3月16日、辻元清美衆議院議員が提出した「安倍首相の『慰安婦』問題への認識に関する質問」に対する答弁書で、「慰安婦問題については、(1993年8月4日の河野内閣官房長官談話発表および記者会見における)調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」と記している。これに対し、終戦前後に、当時の日本政府が文書を燃やすなど隠蔽を行ったに違いないとする反論ないし疑問がしばしば提起される。
この資料焼却云々については、河野談話発表当時の官房副長官、石原信雄氏が櫻井よしこ氏のインタビューに次のように答えている(丸括弧内も原文)。
〈終戦当時は(慰安婦について今日のような厳しく批判的な)問題意識はなかったんですから。理論的に考えにくい。米軍に狙われたのは特に特効警察、思想犯に関する資料ですね。炭坑などへの労働者の強制連行の資料も、焼かれたものもあったようですが、それでも労働省や厚生省、それに地方の役所などから出てきてますからね。慰安婦関連で、強制募集、強制連行の部分だけを全て処理したことはあり得ないと思います。〉
初出『文藝春秋』1997年4月号
理に適った、納得できる説明と言えよう。
「慰安婦」が将来、内外の反日勢力に政治利用されるなど誰も想像できなかった当時、関連資料(少なからず残っている)中、「強制連行」に関わる部分だけ丹念に選別し焼却を行うなど、およそあり得なかったろう。
なお、辻元議員の質問趣意書中、「米国議会下院で、『慰安婦』問題に関して日本政府に謝罪を求める決議案が準備されている」ことへの安倍首相の認識を質した箇所に対し、答弁書は「米国議会で今後議論されていくものでもあり、政府として、その問題点を一つ一つ取り上げて意見を述べることは差し控えたいが、全般的に、慰安婦問題に関する事実関係、特に、慰安婦問題に対する日本政府の取組に対して正しい理解がされていないと考えている」としている。
外務省が文案を作成したのであろう。
米下院決議案にある「事実関係」の内、例えば、「残虐性と巨大さにおいて前例を見ない、日本政府による強制的軍隊売春である『慰安婦』システムは、20世紀最大規模の人身売買として、輪姦や強制堕胎、辱め、性的暴行を含み、四肢の切断や死亡、自殺に至ったもの」といった部分より、歴代首相の謝罪の手紙やアジア女性基金の設立など、外務省が主導してきた「日本政府の取組に対して正しい理解がされていない」ことが「特に」問題だという認識は、国の名誉に関する彼らの感覚がいかに歪んでいるかを如実に示すものである。