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2015.02.23 (月) 印刷する

モスクワでの講義で実感した「ロシア・中国・韓国」 梅原克彦(国際教養大学東アジア調査研究センター教授、元仙台市長)

 去る1月25日から2月4日まで、「ロシア国立高等経済大学」主催の第2回「国際ウィンタースクール」で経済政策等についての講義を行うため、モスクワに出張しました。
 参加者は、同大学のロシア人学生約40名に加えて、中国、韓国、日本、エジプト等からの学生を含め、合計約80名。私は、外国から参加した唯一の教授だったこともあり、私が担当した3回の講義は、事実上、10日間のプログラム全体の中で「特別講演」といった位置付けになっていました。
 ロシア人学生達の反応は、極めて好意的かつfriendlyでした。中国人学生達(全部で18名)は、皆いかにも良家の子女といった、品の良さそうなエリートの若者ばかり。1回目の講義のメインテーマが「アベノミクス」という、やや政治的な要素も含んでいること、現下の日中関係の現状もあることから、私の講義の内容についても、必要十分な「配慮」をしました。直接的には「中国の海洋進出」「尖閣諸島」とか「ウイグル」「チベット」の人権抑圧、「天安門事件」といったイシューを持ち出さなかったわけです。実際、その時間もありませんでした。但し、講義の中では、ハッキリと「私たちは『自由』『民主主義』『人権の尊重』『法の支配』といった『普遍的価値』を共有することは可能であり、またそうすべきである。しかしながら異なる国同士が『歴史認識を共有』することなど出来ないし、その必要もない。」と論じるなど、チクリチクリ(?)とはやりました。
 3回目の講義は、ASEANがメインテーマだったので、当然「南シナ海」の問題に触れました。それでも、次に述べる韓国人学生のようなエキセントリックな反応は全くなし。修了式では、小職を含め3人の講師が分担して、一人一人修了証書を渡したのですが、中国人学生たちと一人一人、ツーショットで記念写真を撮った際も、皆、本当に素直に喜んでいました。
 まあ、彼らの意識としても「大国の余裕」というものが出てきているのかも知れません。いずれ、こういう中国のインテリの優れた若者達が、本当の意味で『目覚める日』が来て欲しいと思いました。
 他方、韓国人学生達(約10数名)の扱いが実に大変で、主催者のロシア側も非常に苦労していました。第1回の講義の冒頭、まずは、英語、中国語、韓国語で簡単な自己紹介したのですが、白板に小職の名前をハングルでスラスラと書いたりして大いに愛嬌を振りまいたところまではまずは順調です。しかし、韓国人学生は、どうやら、講義の途中にコピーを配布した「逆さ日本地図」が気に入らなかったようです。この地図のオリジナルは、富山県庁作成のもの。当然ながら、北方四島も尖閣諸島も竹島も日本の領土として表記してあります。(但し、私からは、口頭では「竹島問題」について一切言及せず。)また、講義における前述の私の発言とりわけ「異なる国の国民が歴史を共有することは、決して出来ないしあり得ない。」という部分にもカチンと来たのかもしれません。(因みに「慰安婦」問題については一切言及せず。)
 1回目の授業の場では、何も起きませんでしたが、翌日、何と韓国人学生全員が、私の2回目の講義を欠席。事実上の「授業ボイコット」です。あまりの大人気のなさに、ロシア側(=主催者)も非常に驚き、半ば呆れていました。
 私は、ロシア人スタッフの人たちに、"very impolite and very childish !" と評しましたが、ロシア側スタッフも皆同意。実際、小職に対してもですが、主催者に対して失礼千万な行動です。いやはや、もはや付ける薬はなし。結局、ロシア側スタッフの懸命の説得により、韓国人学生達は、3回目(最終回)の授業には皆出席しました。詳しい状況はわかりませんし、知ろうとも思いませんが、一種の「集団心理」も働いたのでしょう。授業終了後、韓国人学生が集まり、例えば、何人かが「ケシカラン日本人教授だ!梅原教授の授業は全員でボイコットすべし!」と叫んだら、全員がそうせざる得ない雰囲気になったのかも知れません。もはや「末期的症状」と言わざるを得ません。
 その後、プログラム後半のモスクワ市郊外「サナトリウム」での合宿の際、食堂などで、ぎこちなく挨拶をしてくる韓国人学生が何人かいたのには苦笑させられました。
 日本から参加した学生10名の中には、(私に面と向かっては言いませんが)韓国人学生に対して理解を示す雰囲気が生じていたようです。何人かの学生には「自分も30年前の米国留学で、沢山の韓国の友人が出来たし、諸君らも、今回のウィンタースクールを機会に彼等と大いに友人関係を作ったら良いが、相手の主張している非合理な内容に、安易な「迎合」だけは絶対しないようにね。」とアドヴァイスしました。
 因みに、ポーランド文学専攻の、非常に真面目で優秀な女子学生(4年生)が居たので、クレムリン見学の合間などに色々と雑談をしました。私の好きなポーランドの映画監督、アンジェイ・ワイダ監督の作品「カチンの森」の話題などで盛り上がったのですが、彼女が「慰安婦問題」「朝日新聞誤報問題」について朝日新聞社の立場を、真剣な表情で一生懸命擁護するので、「とにかく、まずは、西岡力著『よくわかる慰安婦問題』(草思社)を読んでみてごらん」と助言しました。きっと読んでくれると思います。
 さて、全てのプログラム終了後、本ウィンタースクールの実質的中心メンバーの一人である、アンドレイ・フェシュン東洋学科准教授を訪ねました。以前、NHKモスクワ支局、ノボースチ通信東京支局等に勤務。日本語はほぼ完璧です。
(同准教授は「リヒャルト・ゾルゲ事件」の専門家でもあり、最近では、月刊誌「WiLL」昨年12月号に、名越健郎拓殖大学教授〈元時事通信社モスクワ支局長〉とのゾルゲ事件についての共著論文が掲載。)
 フェシュン准教授が語るには、私の2回目の授業を韓国人学生が「ボイコット」した「事件」の後、主催者側として、日本、中国、韓国の間での「討論会」を行うことを、急遽提案したが、韓国の若い先生に断られたとの話がありました(韓国は、助教ないし講師クラスの若い先生が、引率者として一人参加。因みに修了式の際、隣席に座っていたので、こちらから声をかけたものの、実につっけんどんな反応)。先方は、あるいは、私の講義(=プレゼンス)を見て「相手が悪い」と思ったのでしょうか。その結果、韓国の学生諸君にとっては、余計にフラストレーションが溜まり、エキセントリックな行動に走ってしまった、という側面があるのかも知れません。やれやれ、それにしても、「放っておくしかない」というのが私の感想ですが、「油断も隙もない」とはこの事です。
 ロシア側は、次回(2016年)の「ウィンタースクール」では、今度こそ、是非、日本・中国・韓国からそれぞれ教授クラスを招きたい、日本からは梅原先生を再度お招きしたいとの意向でした。
 いずれにせよ、今回のモスクワ滞在や、昨年10月の極東連邦大学への出張を通じて、日本として、21世紀の前半、中国と対峙していくためにも、ロシアという大国と、うまく付き合って(連携して)行かなければ、という事を改めて痛感しました。