公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2015.08.31 (月) 印刷する

米保守派の意見と「アメリカの深層」 島田洋一(福井県立大学教授)

 今日(8月31日)の産経新聞オピニオン・ページ「環球異見」欄に「米共和党のトランプ旋風」と題し、ワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル、フィナンシャル・タイムズ掲載の3コラムが紹介されていた。
 参考にはなるものの、執筆者はいずれもリベラル派で、これではなぜ3割前後の共和党員が、少なくとも現時点でトランプ氏を大統領候補として支持しているのかが伝わってこない。産経にしてこれだから、他のメディアは推して知るべしである。
 ウォール・ストリート・ジャーナルの論説欄は保守寄りだが、共和党エスタブリッシュメント(既存エリート層)に属する論者が多く、移民問題など共和党内で意見の分かれる問題について、保守派、中でも草の根保守の考えを知ろうと思えば、他の情報ルートを開拓せねばならない。
 月刊『正論』に9月号から私が連載している「アメリカの深層」はまさに、そうした保守の意見に焦点を当てている。
 明日(9月1日)発売の10月号ではトランプ現象を取り上げたので、参照頂きたい。下記は、9月号掲載の拙稿「同性婚判決は寛容の勝利か」である。今後、新しい号が出るたび、前号分をこの「ろんだん」に載せていきたいと思う。

《日米の主流メディアに根深い左翼リベラル偏向のため、アメリカの保守派が何を考え、何を主張しているか、中々正確に日本に伝わらない。日本の保守の主張がしばしば歪曲されて英語圏に伝えられるのと同断である。この連載では、とりわけ保守派の議論に焦点を当て、米政治の深層に迫っていきたいと思う。
 6月26日、米最高裁が、同性婚を新たに憲法上の権利と認め、すべての州に認定を義務づける判決を下した。9人の判事中、5人が賛成、4人が反対の1票差であった。寛容が不寛容に勝利、という図式で報じるメディアが多かったが、もちろん事はさほど単純ではない。
 同日、声明を出したマイク・リー上院議員(共和)の指摘を聞こう。
 リーは、反対派判事の1人サミュエル・アリート(ブッシュ長男大統領が任命)の補佐官をかつて務め、『我々の失われた憲法』という著書を持つ憲法問題の専門家でもある。同い年のマーコ・ルビオ上院議員(大統領選に出馬。44才)と連名で税制改革案を出すなど保守派のホープで、北朝鮮に拉致された可能性が高いデヴィド・スネドン青年(リーの大学の後輩に当たる)の問題で日本の拉致議連幹部と意見交換を重ねるなど、日米連携を担う一人でもある。
 さてリーは、「今や焦点は、重大な良心の権利をいかに守るかにある。結婚とは一人の男性と一人の女性の結合だと信じる人々が連邦政府に不当に扱われてはならない」と主張する。つまり、同性愛者への寛容を錦の御旗として、世俗原理主義者たちが伝統的保守派を圧迫するのを許してはならない、寛容は双方向でなければならないということだ。
 この点でいち早く行動に出たのがカンザス州のサム・ブラウンバック知事で、7月7日、州は「同性婚の不認定、結婚式の拒否を理由として聖職者や宗教組織に罰を与えてはならない」との行政命令を出している。「罰」には課税免除の取り消しなどが含まれるという。
 同知事は声明で、人々が「その誠実かつ深い信念に反する活動に参加を強いられぬよう」この措置を取ったと述べている。上院議員時代、北朝鮮人権法の制定を主導し、拉致問題でも協力を惜しまなかったブラウンバックは純粋な正義派であり、いかなる意味でも不寛容な人ではない。
 米保守派は今回の判決を、司法の越権という点でも強く批判している。反対派判事の1人アントニン・スカリア(レーガン大統領が任命)は、憲法は結婚を定義する権限を何ら最高裁に与えておらず、各州、個人の自主的判断が尊重されるべきと指摘した上、次のように述べる。
 「真に驚くべきは、本日の司法クーデターに見られる思い上がりである。裁判所が突如終止符を打つまで、同性婚に関する議論は、アメリカ民主制の最良の姿で進められていた。選挙を経ない9人の委員会による憲法修正といったやり方は、自主的統治を壊すもので、民主制の名に値しない」
 16人の共和党大統領候補の内では、ルビオ上院議員が最も委曲を尽くした声明を出している。一部引いておこう。
 「私は、強い家族生活の鍵である結婚は、社会の最重要制度であり、一人の男性と一人の女性によるものでなければならないと信じている。この伝統的定義に同意しない人々は、州法を変える権利をもつ。しかしそれは有権者の権利であって、選挙を経ない判事たちの権利ではない。憲法を書かれたままに、立法者の理解のままに適用する判事の任命が、次の大統領にとって優先課題となる」
 米最高裁の判事(定員9人)は、大統領が指名し上院の承認を経て就任する。終身制で、死去ないし本人が引退を表明するまで、その座にあり続ける。
 今回、判決を支持した5人の判事中、4人はクリントン(2人)とオバマ(2人)が任命したリベラル派、1人はレーガンが、意中の保守派を上院に承認拒否された後、妥協的に任命した中間派であった。反対の判事は、レーガン(1人)、ブッシュ父(1人)、ブッシュ長男(2人)の任命であった。大統領と上院の勢力図次第で司法の流れも大きく変わりうる。選挙戦がヒートアップする所以の一つである。》