日本は、2013年3月に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉への参加を表明し、同年7月から、オーストラリア(豪州)、ブルネイ、カナダ、チリ、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド(NZ)、ペルー、シンガポール、米国、ベトナムの11か国と交渉を始めた。日本の参加から約4年に及ぶ交渉は、2015年10月5日に大筋合意に至り、2016年2月4日にはNZにおいて署名式が行われた。
TPPは、マクロ経済的な面からみると、世界の国内総生産(GDP)の約4割を占め、人口8億人を数える巨大な自由貿易圏の誕生となる。さらに、インドネシア、タイ、韓国、フィリピン、台湾の各国が参加意欲を示しており、市場規模は一層の拡大が期待される。
また、単に市場規模拡大だけでなく、競争環境が強化されることで、長年、既得権益に阻まれてきた国内の諸制度の改革や、国内企業の生産性向上についても大きな効果が期待されている。既得権に固執して、農業や労働市場の制度改革を怠り、財政危機に目を背け、少子化への対策を欠いたままでは、「失われた30年」となるのは目に見えている。TPP参加による経済効果を巡る経済産業省と農林水産省の間での狭隘な省益論争の次元で判断すべきものではもちろんない。
2010年11月、横浜で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で「横浜ビジョン」が採択され、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現への道筋としてTPP、東南アジア諸国連合(ASEAN)+3、ASEAN+6の3つを発展させることで合意した。その後、後者の2つは、中国が主導権を狙う東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に収斂した。
RCEPは総人口約34億人、経済規模では世界全体のGDPの約3割、貿易総額の約3割を占める巨大市場である。TPPを実現させれば、日本は、RCEPでも相手国に高い自由化レベルの市場開放を要求できるだけでなく、中国を牽制するにも有効である。
少子高齢化による国内市場の縮小が避けられない日本経済にとって、TPPの持つ経済効果の大きさを考えたとき、もしその実現が頓挫した場合の損失は計り知れない。
米国では、大統領選の候補者はいずれも反TPP論を展開している。協定自体の否定やTPP再交渉に言及する動きも見られ、TPP実現の不透明さは増している。米国が不参加となれば、TPPは発効しない。米国での反TPPの動きは、署名前に批准を承認したマレーシアを除いて批准手続を完了している国がないことも背景にあるが、日本でも先の通常国会で議論が停滞し、批准手続きに程遠い印象を与えたことも大きく影響したことは否定できない。
TPPの実現は、米国との自由貿易協定がない日本にとって、エネルギー問題を含め、経済関係の強化を通じて日米同盟のさらなる緊密化に繋がることが期待される。東アジアが中国の軍事的拡張や国家資本主義的な経済活動に脅かされないためにも、日米は、巨大な東アジア経済圏での自由貿易経済体制の基本的ルールづくりを主導しなければならない。そのためにはTPPの実現が不可欠である。
安倍晋三首相は7月13日、経済4団体の提言『TPP協定の早期実現を求める』を受け、改めて「日本が率先して国会で批准していくことで、各国の動きを一層促していきたい」と述べ、秋の臨時国会での承認手続きに意欲を示した。しかし、政府の動きは極めて緊張感に欠け、緩慢に見える。TPPの命運は米国次第だとする責任転嫁論も見え隠れする。米国をTPPから離脱させないためにも、日本は秋の臨時国会で何としても承認を得て早期の批准を実現させなければならない。
国基研ろんだん
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