トランプ次期大統領が選挙戦で繰り返したのは、米国の目に見える利益を最優先に置く「米国第一主義」である。つまり、グローバリズムを経済停滞や格差といった国内の経済・社会問題の根源に仕立て上げたのである。これは、保護主義の台頭を許し、自由市場経済の大幅な後退の危険性を孕み、米国経済のみならず、世界経済にとって計り知れない損失をもたらすことが懸念される。
米大統領選でトランプ氏が勝利してから株価は上昇している。NYダウは1万9千ドルを超えて史上最高値を更新し、2万円台乗せの期待も高まっている。日経平均もドル高円安を受け、1万9千円台を超え、年初来高値を更新した。
ただ、このまま株高・ドル高の傾向が常態化するかどうかは、2017年6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の決定を見ないと確定的なことは言えない。つまり、新政権のスタンスが明確になるまでは、世界の金融市場は不安定な動きをすることは避けられないであろう。保護主義的政策を取るとの観測から、一時的な国内経済の拡大を引き起こしたと見るのが自然である。
連邦準備制度理事会(FRB)は、米経済が堅調に拡大を続けているとの判断に立ち、12月14日のFOMCで、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の0.25%の引き上げを決めた。さらに、FOMCの想定する2017年の利上げ回数は、9月時点の2回から3回に増えるとの見通しが示された。決定を受け米長期金利は大きく上昇した。ドル高を牽制したいトランプ新政権と利上げを継続したいイエレンFRB議長との不協和音は、ドル高とそれを追い風とした日本株上昇をもたらしたトランプ相場の限界を示唆している。
トランプ次期大統領は大規模減税とインフラ投資を公約に掲げており、これらにより財政赤字は拡大し、金利上昇の可能性が高まり、一層のドル高を招きかねない。トランプ次期大統領は、選挙期間中にイエレンFRB議長の更迭を口にし、FRBの独立性をも覆しかねないFRB議長の人事介入も示唆した。金融政策の独立性への不安が高まれば、通貨安やインフレへの懸念などから長期金利が急騰するリスクも懸念され、新政権の思惑とは逆のドル高を招くことになる。もし、ドル高抑制のためにFRBへの介入を強めるとすれば、自由市場経済にとって重大なリスクとなることは明らかである。
さらに、トランプ次期大統領は、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの撤退、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し、関税率引き上げなど、対外通商政策面で保護貿易政策を主張している。もしそれらが実施されれば、むしろ米国の輸出入はこれまで以上に伸び率を鈍化させ、潜在成長率を中長期的に低下させることは避けられない。いたずらな反グローバリズムは、自国のみならず、世界経済の衰退を引き起こしかねない。
トランプ次期大統領の保護主義は、1930年の米国のスムート・ホーレイ関税法を彷彿させる。輸入を国産に転換して失業を抑えたいと考えた米議会は、輸入品と競合する国内産業やその他の特定の利益集団からの保護を求める要求に応じ、高関税や輸入制限等を含む極めて保護主義的な関税法を立法した。このスムート・ホーレイ関税法は各国の報復的な関税引上げを招き、世界大恐慌をさらに悪化させる要因となった。米国史上最悪の関税法といわれる(田村次朗(2006)『WTOガイドブック』)。
1929年のウォール街の株価大暴落を契機として世界経済は恐慌に陥ったが、その際、各国は他国の輸出機会を抑え、自国産業の保護に傾斜した。各国は相次いで為替切り下げに動き、米国のスムート・ホーレイ関税法が各国の関税引上げ競争を激化させた。
さらに1931年、フランスが導入した輸入割当制が各国の報復的措置を招き、貿易額は大幅に縮小し、景気低迷の長期化に拍車をかけた。1929年に月平均で29億ドルであった世界の貿易輸入総額は、1930年には23億ドル、1931年には17億ドル、1932年には11億ドルに縮小し、3年間で70%急減した。各国で経済ナショナリズムが助長され、ブロック経済化が進んだ結果、第二次世界大戦の一因にもなったとされている(『通商白書2009』)。
トランプ次期大統領がこれまでの言動通りに、米国第一主義を掲げて内向き志向の政権運営を行うのであれば、戦後70年を経て築かれてきた「自由市場経済」を守る責務を果たすべきは、わが国を除いてないことを自覚すべきであり、世界に対して、その覚悟を示すべきである。
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