公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2017.01.06 (金) 印刷する

日米の「和解力」試す「敵対力」誇示 湯浅博(国企研企画委員)

 中国は年明けから海軍初の空母「遼寧」を使った宣伝戦に余念がない。南シナ海で艦載機による離発着訓練を、連日テレビに映し出し、領海や海洋権益で決して譲歩しないことを内外に示した。日米が年末にハワイの真珠湾で「和解力」を発信しているときに、中国はわざわざ西太平洋にまで空母を押し出して「敵対力」を誇示した。
 狙いは米国の新しい政権に向けた危険なテストなのか、あるいは今年秋に開催する中国共産党大会に向けた習近平指導部の求心力を高めることなのか。おそらく両ニラミなのだろうが、力を見せつける危険な挑発であることに違いはない。
 オバマ政権は「リバランス」というアジア回帰を掲げながら、対中配慮が先行して行動が伴わなかった。軍事力や経済力など力しか信じない今の習近平政権からすれば、もはや眼中にありはしない。
 中国のリアリズムは、日米戦争の発端となった真珠湾で、日米首脳が肩を並べて戦没者に慰霊をしたとしても、それが直接的に中国の脅威にならない限り意味をなさないだろう。従って、空母「遼寧」の動きが予定された演習であったとしても、まもなく退任する米国のオバマ大統領と安倍晋三首相によるハワイ会談は、演習中止の理由にはならない。

 ●「1つの中国」批判への反発
 むしろ、彼らの関心は、トランプ次期大統領と台湾の蔡英文総統が首脳同士のように電話会談したことであり、トランプ氏が台湾を中国の一部とする「一つの中国」原則を批判したことへの反発の方がより重要なのだ。米国の次期大統領が、中国の「核心的利益」を阻害することがあれば、断固これを跳ね返す意思の表明が重要になる。
 1996年の台湾初の総統選に、中国はミサイル演習で脅しをかけた。このとき、中国海軍は米国が台湾海峡に派遣した2つの空母打撃群に威圧され、手も足も出なかった。今回、西太平洋に出て来た「遼寧」は、米海軍の打撃群と比べて著しく劣るとはいえ、過去20年に及ぶ中国海軍の戦力増強の象徴である。
 むしろ今の中国は、就任前のトランプ氏が口先介入だけなのか否かが読めないだけに、機先を制して中国の強固な意志を示す必要があった。問題は「遼寧」に続いて建造中であると伝えられる2つの空母が備える打撃能力の向上であろう。彼らは20年前の台湾海峡で、戦わずして敗退した屈辱を忘れないからである。
 トランプ新政権は今後、南シナ海の軍事リスクに日々直面することになる。これまでの米海軍は、どこまでも慎重なオバマ政権下で悪夢のような苦い日々を過ごしてきた。ハリス太平洋軍司令官は、2年前に「中国は南シナ海に砂の万里の長城を築いている」と政権に介入の決断を求めていたほどである。
 トランプ新大統領が就任前の勝手な口先介入だけに終始するならば、かえって台湾を危険にさらすことになると肝に銘じるべきだろう。大統領に就任後は、できるだけ速やかに国防総省の賢明なる助言を求め、素早く対応することが必要である。

 ●妥当だった防衛相の靖国参拝
 他方、安倍首相のハワイ慰霊の旅に随行した稲田朋美防衛相が、帰国後の昨年12月29日に靖国神社を参拝したことは妥当であった。安倍首相が稲田氏に促した可能性もあろうが、首相自身が靖国参拝することを求めたい。かつて吉田茂首相は昭和26年10月に日本独立を決定したサンフランシスコ講和会議後に、靖国に参拝して英霊に報告している。吉田首相のひそみに倣い、安倍首相が“真珠湾の和解”を報告する意味も決して小さくはない。
 むしろ、稲田防衛相は中国海軍の動きを見ながら、南西諸島にできるだけ早く地対艦ミサイル部隊の配備を施さなければならないだろう。日米同盟の連携は当然として、抑止のための独自防衛を早急に整備する必要がある。とくに、空母を含む中国艦隊は、東シナ海と西太平洋を行き来するのに、宮古海峡を必ず通過するという戦術的な理由がある。
 直接攻撃の可能性拡大よりも、むしろ、宮古海峡は常に自衛隊の監視下と攻撃圧力に曝されていることが重要であろう。対中外交はますます重要になるが、同時に粛々と対中抑止力の増強に努めなければならない。