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2017.03.10 (金) 印刷する

ドイツでも独自核武装論 米新政権に拭えぬ疑念 三好範英(読売新聞編集委員)

 マティス米国防長官による北大西洋条約機構(NATO)支持の発言にもかかわらず、トランプ政権の安全保障政策への懸念から、ドイツで米国の核の傘に頼らない核抑止力を持つべきかどうかの議論が起きている。日本と同様、平和主義の傾向が強いドイツでの核論議は、トランプ政権の政策次第では欧州での安全保障環境が大きく変わる可能性を示している。
 ドイツを代表する週刊誌シュピーゲル(電子版)は、昨年11月の米大統領選投票日の直前、トランプ氏当選を前提にドイツの安全保障政策への影響を予想した記事で、「米国の核の傘が欧州を守っていた戦後の時代は終わったのかもしれない。ドイツ独自の核兵器を巡る議論も考えられるだろう」と指摘した。トランプ氏が選挙運動期間中に行った「NATOは時代遅れだ」との発言を念頭においた記事だった。
 その後、トランプ氏の大統領就任から2月にかけて、ドイツの主要メディアが核武装問題を取り上げた。保守系有力紙フランクフルター・アルゲマイネは、米国が欧州防衛を欧州自身に委ねることにより、「ドイツ人には全く考えもしないこと、つまり独自の核抑止能力という問題」が起きる可能性もある、と書いた。

 ●核の傘を英仏に求める提案も
 ドイツ自身の核開発ではなく、既存の英仏の核戦力による核抑止体制の強化も提起された。安全保障問題が専門の与党キリスト教民主同盟(CDU)のローデリッヒ・キーゼヴェター連邦議会(下院)議員は、英仏の核戦力が欧州に核の傘を提供し、ドイツがそのための財政負担を行う、という提案を行った。
 リベラル系週刊新聞のツァイトは、トランプ氏の発言によって米国の核抑止に疑問符が付いた状況で、ドイツは「フランスの核戦力の近代化に財政負担を負うことでフランスの核政策に関与するのか、トランプ氏が何をしようと彼を信頼できるパートナーと見なすのか、いずれかの選択を迫られるだろう」と書いた。
 仮にトランプ政権が欧州への関与を見直すとすれば、焦点の1つとなるのがドイツ、ベルギー、イタリア、オランダ、トルコなどに180基配備されているとされる米戦術核の撤去問題だ。ドイツ国内には20基配備されているとされ、有事に米独どちらかの提案を他方が受け入れれば使用できる、という共同運用体制を取っている。第2次メルケル政権で撤去が議論されたときがあったが、ロシアが配備している戦術核に対抗するためには必要という考え方が優勢を占め、オバマ政権も配備を継続した。
 ドイツ公共放送ARDのドキュメンタリー番組は、この戦術核問題を取り上げ、米国がもしこれを撤去するようなことになれば、欧州は独自の核の傘を持つべきだろうか、と問うた。

 ●ドイツでの議論自体が異例
 日本と同様、ドイツの平和主義、特に核兵器に対する否定的な考え方は根強い。1970年代の終わりから80年代にかけて、ソ連の中距離核ミサイル配備に対抗するため、米国がドイツに配備した中距離核ミサイルに対しては、大規模な反対運動が起きた。独世論調査機関の昨年の調査によると、93%が核兵器を国際法で禁止すべきだとし、85%がドイツに配備されている核戦力は撤去すべきと回答した。こうした背景から、英紙フィナンシャルタイムズは、「ドイツで核武装問題が議論されること自体、安全保障に関する議論のあり方が変化していることの現れ」と指摘する。
 ただし、こうした核武装の議論は、まだメディアの報道や一部識者の発言に止まる。ドイツ政府が新たな核政策の検討を開始したという報道はない。独政府筋は「独政府に核戦力を開発する意図は全くない。フランスの核政策に関与する案も、独仏防衛協力が進んでいるとはいえ、フランスにとって核戦力は特別であり、簡単にドイツと協力することは考えられない」と否定的だ。
 専門家の間でもドイツの核戦力保有は非現実的とする見方が大勢だ。シュピーゲル誌(電子版)には、国際政治学者が連名で寄稿した「ドイツの核武装は国際社会にとって危険な例になる」という論文が掲載された。核拡散防止条約(NPT)ばかりでなく、ドイツ統一を認めた最終条約にも違反し、ドイツの軍事大国化は欧州諸国の理解を得られないことがその理由だ。

 ●国防費増額の履行求める米国
 ただ、トランプ大統領も、マティス国防長官も、NATOの欧州加盟国が財政負担義務を果たすことが、米国の欧州安保関与の条件、という発言を繰り返している。すでにロシアのウクライナ武力介入を受けた2014年のNATO首脳会議で、加盟国は国防費を対国内総生産(GDP)比2%以上にする目標を決めているが、ドイツの場合、昨年1・19%と目標とは大きな開きがある。今後、トランプ氏がNATO加盟国の財政負担の不足を根拠に、米国の関与見直しを言い出す可能性は否定できない。
 政策研究大学院大学(東京)が3月に開いた核問題に関する国際会議に出席した英スウォンジー大のジョン・ベイリス教授(国際政治)は、「ドイツの核武装議論の背景には、トランプ大統領の姿勢に対する広範な懸念がある」と語った。そして「まだデリケートで複雑な問題だ。依然としてトランプ大統領の政治が何を意味するのか不安感がある」と述べて、大統領の姿勢に議論の行方はかかっている、との見方を示した。