中国の「韓非子」に「守株」がある。ある日、農夫は一匹の兎が切り株に激突して死んだのを見て、耕すことを止めて、再び兎が切り株にぶつかるのをいつまでも待っていた。つまり進歩のないことを表す故事だ。自民党の岸田文雄政調会長が率いる岸田派(宏池会)がまとめた政策骨子「宏池会が見据える未来」の安全保障政策は、この「守株」と同じだといえるだろう。
●政策のどこが「リアル」か
政策骨子では「Humane(人道的)な外交」を掲げ、「平和憲法・日米同盟・自衛隊の3本柱で、平和を創る」との考えを打ち出した。
吉田茂元首相直系の池田勇人元首相が創設した宏池会は、「軽武装・経済優先」を基本としてきた。岸田氏は憲法改正を掲げる安倍晋三首相に対抗し、宏池会の伝統路線を受け継いでいくとの姿勢を示したのだろう。
しかし、米国の圧倒的な軍事力の下では、この路線はうまくいったかもしれないが、いまや時代は変わった。
岸田氏自身、平成27年10月の派閥研修会では次のように述べている。
「軽武装と経済重視といった政策を宏池会は大切にしてきたが、それは本質ではない。本質は、特定のイデオロギーにとらわれることなく、その時代、時代において国民が何を求めているか、日本にとって何が大事であるか、極めて政治をリアルに考え、具体的に政策を打ち出す姿勢だ」
めったに自らの考えを披露しない岸田氏としては異例のあいさつとして注目されたが、今回の政策骨子のいったいどこに「リアル」があるのだろうか。
●今になって安倍批判とは
岸田氏は4年8カ月、安倍内閣で外相を務め、50カ国以上を回った。側近の小野寺五典氏は防衛相として、今も安倍首相を支えている。この間、中国は軍備を増強し、北朝鮮は弾道ミサイル発射・核実験を繰り返した。岸田、小野寺の両氏は、「軽武装・経済優先」路線では、もはや日本の安全を守れないことを実感してきたのではなかったか。
池田元首相の地盤(広島)を受け継いだ宏池会の寺田稔衆院議員は、今年はじめの産経新聞の「年男・年女」インタビューで、「専守防衛の組織としての自衛隊に憲法上の位置付けがないのは、政治の怠慢だと思います」と言い切っている。
政策骨子では「Kindな(思いやりがある)政治」も掲げ、「国民の多様な声、異なる意見にも丁寧に耳を傾けるボトムアップの政治を行う」としている。「安倍強権政治」と批判している人たちを意識したとみられるが、いま政治に求められているのは、先頭にたって国難に立ち向かい、国を変えていくリーダーだ。「Kind」に礼節を重んじればいいというのは、間抜けな兎を待っていた農夫のようなものである。