公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

国基研ろんだん

  • HOME
  • 国基研ろんだん
  • したたかなイスラエルの外交戦略 石﨑青也(元中東協力センター常務理事)
2018.08.03 (金) 印刷する

したたかなイスラエルの外交戦略 石﨑青也(元中東協力センター常務理事)

 7月24日付の産経新聞コラム「緯度・経度」に掲載された三井美奈パリ特派員の記事は、中東のユダヤ国家、人口僅か740万人、「イスラエル」のしたたかな外交戦略について、傾聴に値すべき分析を行っている。
 三井記者が注目したのは、米ロ首脳会談後の共同記者会見で、プーチン大統領がシリア問題に触れ、イスラエルの占領地ゴラン高原について、「1974年の協定を完全に順守すべきだ」と述べたことだ。
 協定は第4次中東戦争後、イスラエルとシリアの間に兵力引き離し地帯の設置を定めたものであるが、プーチン発言は「占領維持の後見役になる」と公約したのに等しい。早速イスラエルのネタニヤフ首相は「高く評価する」旨の声明を出した。ロシアが米国の同盟国イスラエルに何故ここまでは配慮するのか。

 ●国民の2割はロシア系
 1つの鍵は、イスラエル人口の約2割を占めるロシア系ユダヤ人の存在である。国内にはロシア語のテレビ放送や新聞もある。旧ソ連は中東で反米、反イスラエルであったが、プーチン氏は「イスラエルのロシア系ユダヤ人は、我々の一部」と述べ、軌道修正を図った。
 見逃せないのは、ロシアの新興財閥(オリガルヒ)にはロシア系ユダヤ人が多いことだ。彼らはイスラエルとのパイプ役になっている事は注目すべきだ。
 英国の名門サッカーチーム、チェルシーのオーナーでもあり、プーチン氏とも近い大富豪ロマン・アブラモビッチ氏が本年5月にイスラエル国籍を取得し、移住した。オリガルヒは石油・ガス、銀行、メディア関係など幅広く事業展開を行って、ロシア経済を支えている強力なスポンサー企業でもある。

 ●クリミアも北方領土も返さず
 筆者は、三井記者の分析に下記のような感想を付け加えたい。
 まず、イスラエルの占領地ゴラン高原について「1974年の協定を完全に順守すべきだ」としたプーチン発言についてだが、ロシアは今後もクリミア半島や日本固有の領土である北方4島について、返還には一切応じないことを内外に知らしめたといえよう。
 会談では、ユダヤ人社会に関してもトランプ、プーチン両氏は微妙な立場を共有した。ロシアではオリガルヒと称されるユダヤ系の新興大富豪が輩出し、強権姿勢を強めるプーチン氏にとって「時限爆弾的存在」になりつつある。
 トランプ氏の娘婿で大統領上級顧問でもあるクシュナー氏はユダヤ教徒だ。妻のイバンカ氏もユダヤ教に改宗している。このユダヤ・コネクションは極めて重要で、駐イスラエル大使館のエルサレム移転にも大きく貢献したとされる。

 ●米露を後見役にしたネタニヤフ
 米国のCIA(中央情報局)、ロシアのFSB(ロシア連邦保安庁、旧KGB)、英国のM16(正式にはSIS情報局秘密情報部)とともに、イスラエルのモサド(諜報特務庁)は世界の4大諜報機関に数えられる。中でもモサドがユダヤ社会に張り巡らせた諜報ネットワークは世界一かも知れない。
 各国の諜報活動は主として、軍事的なものに対してであるが、冷戦時代には厳しく対峙してきた米国、その同盟国でもあるイスラエルに対し、ロシアがユダヤ人社会を通じて「価値観を認め合う」こと自体が極めて異例なことである。このことがロシアへの米軍事機密漏洩等に繫がらないか懸念もある。
 ロシア復権を目指すプーチン氏と自国第一主義に邁進するトランプ氏、この2人が今後に及ぼす影響は未知数だが、イスラエルのネタニヤフ首相は、その米露両国を「後見役」にした。この国はやはりしたたかで強い。
 米国との関係が悪化するなかで、イランがホルムズ海峡封鎖等の強硬手段に出た場合、サウジアラビアの米空軍基地で給油したイスラエルの戦闘機がDH(代打役)としてイランのミサイル基地を空爆する可能性もある。その時プーチン氏は黙認するのか。イスラエルを仲介人とする米、露の連携は微妙な関係の上に成り立っている。