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2019.03.13 (水) 印刷する

日朝首脳会談で「全拉致被害者」は帰らず 荒木和博(拓殖大学海外事情研究所教授)

 安倍総理は日朝首脳会談に前向きなようだ。米朝交渉が合意せず、行き場を失った北朝鮮が日本に助けを求めてくるという構図は、平成12年(2000)6月の金正日・金大中の南北首脳会談以後、平成14年(2002)9月の日朝首脳会談で金正日が拉致を認め5人が帰って来たときと同じだ。官房副長官としてそこに同席していた安倍総理としては、その再現を目指したいのだろう。
 もちろんそれが実現し、拉致被害者が帰ってくるならば、それにこしたことはない。何人でもともかく取り返すことが必要であって、やり方がどうこういうつもりもない。しかし、首脳会談で全ての拉致被害者が帰ってくるという可能性は、ほぼ皆無である。逆に、ひとつ間違えば一部の被害者の帰国で、それが「全拉致被害者」ということにされてしまい、切り捨てにつながる可能性すらある。

 ●どこまでが拉致被害者か
 そもそも拉致被害者というのを、どこまでと捉えるのかすら日本政府は明確にしていない。自分の意志に反して連れて行かれたということにすれば、騙されて北朝鮮に入って出られなくなったヨーロッパ拉致の有本恵子さんや松木薫さん、石岡亨さんは入らなくなる。いや、入るのは騙されたにしても、出られなくなったではないかというなら在日朝鮮人帰国者と共に北朝鮮に行った日本人妻も拉致と言えるだろう。
 一般の日本人でも北朝鮮にある程度のシンパシーを持って入った人も相当いるだろう。しかし1カ月程度で帰るつもりが帰れなくなり、そして北朝鮮の工作活動に協力させられた場合はどうか(帰国している5人も北朝鮮が遊ばせていたわけではないことは子供でも分かる)。「拉致被害者」と言っても様々であり、明確な仕分けなどできるはずがない。
 政府は拉致の時期を1970年代から80年代にこだわるが、実際には様々な形で1940年代から21世紀に入ってまで、日本人は北朝鮮に拉致されている。中には拉致される途中で殺害された、あるいは死んでしまった人もいるだろうし、無事に北朝鮮に着いてもその後亡くなった人もいるはずだ。今生きている人を取り返すことが最優先なのは言を俟たないが、それで問題が終わりになるわけではない。

 ●米国の力頼みが実情
 安倍政権だけということではなく、歴代政権全てが、このような国家の不作為から目を逸らしてきた。そして今やっているのは結局、米国の力頼みである(この点私は西岡力企画委員とは意見を異にする)。拉致問題の象徴である横田めぐみさん拉致ですら、事件当初から北朝鮮による拉致だと分かっていたのに隠蔽されてきた。
 拉致はある意味、北朝鮮以上に日本の問題であり、自らの巨大化したウミを除去するためには、安倍総理自身が自らの政治生命、場合によっては物理的生命をも捨てる覚悟をしなければできない。あるいはそういう総理大臣が何人も自らの政治生命を捨てることによって、やっと一部が変わるかも知れないというほど大きなことなのである。
 繰り返すが、現政権がやろうとしている日朝首脳会談での局面打開に反対するつもりはない。それで1人でも2人でも帰ってくるならやるべきだ。しかし、それで「全拉致被害者」が帰国して拉致問題が「解決」するほど簡単でないということは理解しておく必要があると思う。