植村隆元朝日新聞記者が、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏に対して、名誉毀損を理由として損害賠償などを求めて起こした民事訴訟が決着したので、この訴訟の内容や問題点などをまとめておきたい。
植村氏は、平成27年2月10日、札幌地裁に訴状を提出した。同氏の代理人は106名の弁護士である。理由は、櫻井氏が、月刊誌『WiLL』、『週刊新潮』、『週刊ダイヤモンド』、及び櫻井氏のオフィシャルサイトに掲載した論文の中で、植村氏を、朝日新聞に捏造記事を書いた記者であると言及したことなどが、同氏に対する名誉毀損にあたるといふものである。被告は櫻井氏のほかに、ワック社(『WiLL』の発行会社)、新潮社、ダイヤモンド社である。代理人は全部で12名で、私も代理人の一人である。
平成30年11月2日、札幌地裁で請求を棄却された植村氏は11月22日、札幌高裁に控訴した。この時の代理人は115名となつてゐた。令和2年2月6日、控訴棄却の判決が出され、植村氏側が2月18日、上告及び上告受理申立を行つてゐたものである。そして11月18日、上告を棄却し、また上告を受理しないとの決定が出たのである。
我々は、「捏造」といふ言葉について、意見ないし論評であると主張し、判決は、事実と異なる内容をあへて執筆したといふ意味であると解釈した上で、櫻井氏は、種々の取材から植村氏が事実と異なる内容をあへて執筆したと信ずるに相当な理由があると判断したのである。
実質勝訴と喧伝する不可解
この判断について、植村氏を支持する人たちの中には、実質勝訴であると宣伝してゐる向きもある。だが、これはあたらない。「あへて」執筆したかどうかは、植村氏の主観であり、極論すれば、植村氏自身が「あへて」書きましたと言はない限り、事実は確定できない。
私自身が担当した別の事件でも「捏造」が問題となり、これは論評であるとして勝訴した例がある。要するに、裁判所は、植村氏の内面に立ち入ることができないので、相当な理由があると判断しただけであり、櫻井氏が真実でないことを書いたと非難してゐるわけではないのである。この点、裁判所は、「捏造」は論評であると判断すべきであつたと私は思つてゐる。
植村氏は、平成27年1月9日、この訴訟とほとんど同じ内容で、モラロジー研究所教授の西岡力氏に対しても、東京地裁に民事訴訟を起こしてゐる。この時の代理人は170名であつた。
櫻井さんが言及した植村氏執筆の朝日新聞記事について、西岡氏が、捏造記事であると月刊誌『文藝春秋』や『正論』などに書いたことが植村氏に対する名誉毀損であるといふのである。被告は西岡氏のほか文藝春秋社だけ。代理人は2名である。
東京地裁の判決は令和元年6月26日、東京高裁の判決は令和2年3月3日で、いづれも植村氏の全面敗訴であつた。植村氏は上告してゐるが、最高裁の決定はまだ出てゐない。
東京と札幌に分離した狙い
問題点の第1は、植村氏は西岡氏に対する裁判を、櫻井氏に対するものより先に東京地裁に起こしてゐることである。そこで、櫻井裁判の担当者である我々は、訴状を受け取つた後直ちに札幌地裁に対して、東京地裁への移送を申立てた。民事訴訟の裁判管轄の第一は不法行為地などを除けば、もちろん原告の住所地が認められることもあるが、被告の住所地であり、櫻井氏をはじめとして被告全員が東京であるからである。しかも、植村氏は、西岡裁判を東京地裁に起こしてゐるのである。札幌地裁は我々の主張を認め、東京地裁への移送を決定した。
これに対し、植村氏は、札幌高裁に札幌地裁の決定取り消しを求めて抗告を申立て、それが認められたのである。理由は、原告と被告の経済的格差であつた。すなはち、植村氏は個人で被告らは櫻井氏を除いて会社であり経済的に余裕があるといふのである。我々は最高裁に特別抗告を申し立てたが認められなかつた。
植村氏が西岡裁判では東京地裁に申立てておきながら、櫻井裁判だけ札幌で申立ててゐる事実を考へれば、この札幌高裁の決定は、左翼の集団的圧力に配慮したのではないかと私は疑つてゐる。明らかに不当である。
第2の論点は、名誉毀損と表現の自由に関する問題である。これについては稿を改める。