公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2020.12.15 (火) 印刷する

東地中海の境界紛争は対岸の火事ではない 黒澤聖二(国基研事務局長)

 地中海東部の沿岸諸国間では海洋資源の獲得競争が激化している。その一部については、11月18日付本欄の拙稿『海図上でも争うイスラエルとレバノン』で指摘したが、問題はそれだけではない。

東地中海では、イスラエルとレバノンの他、エジプトとリビア、イスラエルと他のアラブ諸国など多くの対立があり、それぞれ問題が複雑に絡み合い、まさに「解けないパズル」の様相を呈している。

本稿では、地域大国トルコが絡む問題に絞って、最近の東地中海における海洋境界紛争の流れを整理してみたい。

EUの制裁招くトルコの強硬姿勢

トルコといえば10月30日、西海岸沖のエーゲ海で発生した大地震で、隣国ギリシャとともに計100人超の死者を出す惨事に見舞われたばかりだが、そのギリシャとの間では、地中海のキプロス島をめぐる対立問題を抱えている。

キプロス島は国連が設定したグリーンライン(緩衝地帯)で南北に分断されている。トルコは北側のトルコ系住民が支配する北キプロス・トルコ共和国は認めるが、南側でギリシャ系住民が支配するキプロス共和国は国家として承認していない。したがって、トルコはキプロス共和国と海洋境界について協議を行うことも困難で、ギリシャとも険悪な関係にある。

他方、欧州連合(EU)加盟国のキプロス共和国は、イスラエル、レバノン、エジプトと排他的経済水域(EEZ)を含む海洋境界で合意している。欧州に天然ガスを輸出する海底パイプラインを計画するなど、資源開発競争でトルコに先行している。

これに対してトルコは昨年11月、支援する北アフリカのリビア暫定政府(GNA)との間で、EEZの境界画定の合意を結ぶ。すると、これに対抗するように、ことし8月6日には、エジプトとギリシャが、両国間のEEZ境界を画定する合意文書に署名した。

このエジプト・ギリシャ合意はトルコ側からすると、トルコ・リビア合意を無視し、東地中海の海底資源開発でトルコを排除するものと映ったに違いない。実際ギリシャのデンディアス外相はトルコ・リビア合意を「ゴミ箱行き」と評している(8月6日)。

そこで逆にトルコは、自国のEEZと重なるエジプト・ギリシャ合意は無効だと主張し、ギリシャと管轄権を争う海域に資源開発の探査船「オルチ・レイス号」を、数隻の軍艦の護衛とともに派遣した(8月10日)。

このトルコによる軍艦派遣が、緊張のエスカレーション・ラダー(段階的拡大)につながる。すなわち、ギリシャも軍艦派遣で応じ、同じ北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるギリシャとトルコの軍艦が衝突一歩手前の事態にまで発展したのである。

この状況を受け、ギリシャはEUに対トルコ経済制裁を要請したが、トルコは10月以降も資源探査活動を続行。一旦は今回の地震と津波の影響で中断したものの、その後再開している。

EUは12月11日の首脳会議で、トルコの国営石油会社幹部らに対する資産凍結などの制裁措置を取ると決めたが、ギリシャやフランスはより厳しい措置を要求している。このままトルコが強硬姿勢を崩さなければ、さらに孤立することになりかねない。

法秩序もたらす海洋法条約批准

問題はトルコの強硬姿勢だけでなく、海洋法の解釈にもあると考えられる。

トルコ・リビア合意による境界線は、トルコ沿岸と対面するリビア沿岸との丁度中間に引かれている。これは、途中にあるキプロス島やギリシャのクレタ島などを基点とするEEZを認めないことを意味し、当然ギリシャやキプロスなどは反発している。

海洋法条約第121条(島の制度)は、島にも領土と同様の領海、EEZ、大陸棚を認めているが、トルコ・リビア合意では、島の影響を完全に無視した解釈を行っている。

本来なら海洋法の解釈をめぐる問題は条約上で解決されるべきだが、トルコは海洋法条約未批准国であるため、条約第15部に規定される紛争解決手続きをとることは難しい。

トルコにとって海洋法条約の批准はEU加盟条件の一つともいわれる。なによりトルコが同条約を批准すれば、トルコを含む周辺地域の安定と利益になるはずだ。

トルコのチャヴシュオール外相は12月7日、海底資源の公正な分配の為にEUとの共同会議開催の用意があると表明した。キプロス問題というハードルはあるが、トルコ側にも交渉の余地があることの証左であろう。

一方、海洋法条約の批准国にもかかわらず条約を独自解釈する中国は、南シナ海を自国の〝中庭化〟し、東シナ海でも我が国領土の尖閣諸島周辺海域で領海侵犯を繰り返し、海底油田の採掘などで海洋境界の問題も抱える。日本は遠い地中海のことだからといって、この海洋境界紛争に無関心であってはならない。力ではなく、法により海洋の秩序を保つことは、わが国が重視する「価値観」の一つである。世界共通の利益として日本も積極的に発言していく必要があるだろう。