UNIFIL(国連レバノン暫定軍)を挟んで睨みあう中東のイスラエルとレバノンが11月11日、海洋境界画定のための協議を実施した。この協議は10月14日を皮切りに、10月28~29日の第2ラウンドに引き続き行われたものだが、敵対関係にある両国が東地中海沿岸で隣接する海洋境界について協議すること自体、極めて異例だ。米トランプ政権が仲介した両国の政治的協議は約30年振りで、一見すると米国の外交成果として中東和平の流れの一部を構成しているかのように映る。しかし、実態は双方の経済的利益が深くかかわる熾烈な海図上の戦いといえる。
熾烈化する海底資源の争奪
天然ガス田の開発が進む東地中海では、双方が主張する排他的経済水域(EEZ)が約860㎢にわたって重なるが、境界は未確定のままだ。これでは海底資源の開発で双方に支障をきたす。
海上の境界を定める国際規範の国連海洋法条約は第74条で「排他的経済水域の境界画定は、衡平な解決を達成するために(中略)合意により行う」と定めている。
東地中海に面する諸国のEEZ境界については、まず2003年にキプロスとエジプトが合意し、その後2007年にはキプロスとレバノン、2010年にはキプロスとイスラエル、2019年にはトルコとリビア暫定政府、そして2020年にはエジプトとギリシャが合意している。こうした相次ぐ合意の背景には、海底資源の熾烈な争奪競争がある。
そもそも東地中海では、イスラエルが自国EEZ内で2009年にTamarガス田、2010年にLeviathanガス田を発見したことで資源開発ブームに火が付いた。その後、キプロスが同島南沖合でイスラエルEEZに隣接する鉱区block12で探鉱し、2011年から試掘を始めた。いずれもイスラエル、キプロス、レバノン、シリア沖にあるLevantine堆積盆に分布することから、東地中海沿岸諸国の活発な動きに拍車がかかった。
陸以上にやっかいな海の境界
今回、イスラエルとレバノンが海洋境界画定の協議を開始したのも、米国と国連が主導するイスラエルとアラブ諸国との国交正常化の流れの他に、海底資源開発の面から、いずれは協議する必要性に駆られたからだと見ることができる。
そもそも、レバノンは2018年から自国沖合のガス田開発を外国企業と契約したが、一部が自国領海だとするイスラエルの主張により、折り合いがつかない状況にある。両国が陸上国境の問題と切り離し、海洋境界で合意できれば、海底資源開発の道筋が整うことになる。特に首都ベイルートの爆発事故で経済的打撃を被ったレバノンにとって、海底資源の確保は焦眉の急だろう。
海洋法条約第15条には、隣接する海岸を有する2国間の領海は、「(領海の)基線上の最も近い点から等しい距離にある中間線」を境界とする旨の規定がある。この領海基線の認識が合致しなければ、当然EEZの境界も一致することはないが、逆に言えば、線引きのための技術的な認識さえ一致できれば、合意の可能性はあるとも言える。
しかし、報道によれば今回レバノン側は、第3ラウンドの協議で、2010年に国連に提示した領域に追加し、イスラエル側に食い込む形で1430㎢の拡張を要求したという。それが確かならば、解決には時間がかかるものと予想される。
いずれにしても海洋境界の問題は、国益が直接ぶつかり合うだけにやっかいだ。海洋法の規定に基づき解決の道を探るべきであるのは当然だが、東シナ海の日中中間線沿いでも、中国が日本の度重なる抗議を無視して一方的なガス田開発を進めている。
イスラエルとレバノンの協議の行方は、他の東地中海諸国、とくに地域大国トルコやギリシャなどの動向にも影響を及ぼすのは必至だ。今後が注目される。