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2020.11.20 (金) 印刷する

RCEPは中国の地域覇権国の足がかり 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

ASEAN(東南アジア諸国連合)を中心とした環太平洋の一連のオンライン首脳会議で、中国の存在感が目立った。特に、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の発足に対する米国の認識は、「中国の大勝利にはほど遠い」と米紙が論評するなど、やや近視眼的で見通しが甘い。中国は実態もないのに「法の支配」を掲げ、東アジアで緩やかな連携の輪を広げつつある。米国が大統領選による社会の分裂が尾を引き、政治の空白から戦略観を狂わせ、パンデミックの元凶として孤立気味の中国に余裕を与えている。

世界GDPの3分の1カバー

米紙ウォールストリート・ジャーナルは、世界のGDP(国内総生産)の約3分の1をカバーするアジアの貿易協定が成立しても、協定の内容が弱いことを理由に否定的な見方を伝えていた。しかし、地政学的な側面からみると、RCEPの発足は、中国が地域覇権国への重要な足がかりを得たことにならないか。

確かにRCEPは、2011年にASEANによって構想されている。当時の中国は、多国間主義への関心も今ほどではなかった。しかし、ニュージーランドやシンガポールが米国を巻き込んでTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が先行するにつれて、より緩やかなRCEPへの関心を高めていく。中国から見たTPPは、国有企業が排除され、知的所有権の厳格化を目指している以上、中国に敵対する多国間協定に映ったはずだ。

今回のRCEPの協定内容は、米紙の指摘のようにTPPの後継であるCPTPPよりも関税引き下げが少なく、環境や労働に関するルールがなく、紛争解決、サービス、投資の分野が弱い。RCEP加盟15カ国のうち、7カ国はCPTPP加盟国であり、10カ国はASEAN加盟国である。

大きい「米国抜き」の意味

しかし、米中の大国間競争が激化する中で、米国が加盟しないアジア地域の貿易協定を組織化できたことは、中国にとっては極めて大きいだろう。彼らが最も恐れるのは、国際市場の萎縮と世界企業の中国からの撤退、それに伴うサプライチェーン(部品供給網)の断裂である。

これを阻止するためには、貿易協定としての中身が野心的でなくともかまわない。RCEPはASEAN10カ国と日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドからなり、地域固めのためには最適な多国間協定になりうる。米国がこの種の多国間協定を無視することが続けば、地政学的影響力の振り子は中国に傾いていく。

それは、中国紙に掲載の対外経済貿易大学の李長安教授が、「関税引き下げの取り決めにより、中日の自由貿易のための扉が開かれた」と評価を寄せていたことに表れていた。

まして、域内第2位のGDPを誇る日本は、人口減少による生産性の低下により経済規模が縮小して、将来的にはインド、インドネシア、ブラジルにまで抜かれるとの経済見通しが報告されている。RCEPにおける中国の存在が大きくなれば、中国主導でルールの書き換えの可能性が出てくる。

米国の戦略家の中には、米ソ冷戦時代にソ連寄りの政策をとることにより体制を維持した「フィンランド化」が、東アジア地域でも中国のご機嫌を取る形で起こりうると見通している。日本もその例外ではない。その時に米国は、中国を最大の貿易相手国とする日本に、なぜ安全保障を提供しなければならないのかとの猜疑心が出てくるだろう。日本は自由世界で生き抜く覚悟が迫られる。