公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2021.10.14 (木) 印刷する

米政権による対中シフトの裏表 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

アフガニスタンからの撤収で戦術的な痛手を受けた米国は、すかさず戦略転換して「対中国リバランス(再均衡)」に舵を切った。途端にインド太平洋地域では、米中大国間競争がめまぐるしく回転を始めた。特に、インド太平洋の南シナ海や東シナ海で、米中が空と海で一触即発の火花を散らしている。特に中国軍機による台湾の防空識別圏への派手な侵入が耳目を集めるが、実際には米主導で対中包囲を恐れる習近平国家主席が国内の危機からそらすための方便との見方も出ている。

緊張増す台湾情勢と中国の狙い

中国空軍の戦闘機、爆撃機、対潜哨戒機などが10月1日から4日までに、台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入し、累計機数は過去最多の149機に達した。国慶節の1日から3日までは、それぞれ25機がADIZに侵入し、4日はこれまでで最大の52機に達した。これらの行動は、台湾南西部への威嚇はもちろん、防空体制の弱点を探っているだろう。

さらに、中国軍機の侵入が台湾南西部に集中しているところから、南シナ海のプラタス島に駐留する台湾海兵隊との通信ラインを圧迫し、米海軍の空母打撃軍を攻撃するために必要な航空機で構成されていたことは注目に値する。

実はちょうど同じころ、米海軍のカール・ビンソンとロナルド・レーガンという2つの空母打撃群が、英空母、日本のヘリ空母を含むオランダ、カナダ、ニュージーランド海軍とともに、沖縄南西海域で合同演習を展開していた。

4つの空母が同じ海域で合同訓練するのは冷戦後初めて。これを追尾する中国海軍はきわどい接近を見せていた。実際に米海軍協会のニュースサイトは匿名の当局者の話として、米原子力潜水艦1隻が、潜航中に南シナ海で正体不明の物体に衝突し、乗組員11人が負傷したと伝えた。追尾の中国潜水艦が接触した可能性も否定できないだろう。

軟化と見せかけ対中シフト強化

これより前の9月21日、バイデン米大統領は国連総会の一般演説で、「中国」という国名にあえて触れなかった。かろうじて、「人種、民族的、宗教的少数者を標的とした弾圧は非難されなければならない」と示唆したにとどめ、バイデン政権の対中軟化が指摘されていた。続いてジーナ・レイモンド商務長官は同24日のウォールストリート・ジャーナル紙との会見で、「米中関係の改善に着手したい」と述べ、軟化政策に舵を切ったかのように見える。

実際には、「アジア回帰」のバイデン政権は、左で多国間軍事演習というこん棒を見せつつ、右手で米中会談という握手を呼び掛ける変則外交を展開している。

すでにバイデン政権は、アフガン撤退のタイミングで、米英豪3カ国からなる安全保障の新しい枠組み「AUKUS(オーカス)」を発足させ、日米豪印4カ国の戦略対話「クアッド」の対面による初の首脳会議を開催した。米国はこれら硬軟2枚の抑止カードで中国の包囲ラインを構築する構えだ。

オーカスが創設された数週間後に、トニー・アボット元豪首相が台湾を訪問し、やはり台湾を訪問したフランスの上院議員は台湾を「国」と称した。衝撃的なニュースは、米海兵隊と特殊部隊が、交代で1年間にわたって台湾軍に対する訓練を支援していたことだ。中国共産党の強硬派は「レッドラインを超えた」といきり立ったらしい。

ダメ押しがまだある。米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官は7日、他分野で脅威をもたらす中国に特化した新組織「中国ミッションセンター」の創設を明らかにした。CIAもまた対中シフトに舵を切り、「21世紀に直面する最も重大な地政学的脅威に対する共同の取り組みを強化する」とその意義を強調していた。バイデン政権は軍事に加えて、情報分野でも対中シフトを図っていた。

戦術的後退に転じた習近平

米外交政策に影響力のあるハドソン研究所の上級フェロー、ウォルター・ラッセル・ミード氏は10月9日の習演説を、最終的に台湾を併合するという決意を示しても、重要なのはこの演説で「語らなかった点と、その語らなかった文脈だ」として、米国とその同盟国による軍事演習の抑止行動を挙げた。

「これらすべてを踏まえると、習氏の直近の演説が比較的抑制的だったことは注目に値する」と、米紙で述べている。中国は台湾に対する軍事的な脅しを抑え、「一国二制度」に基づく平和的な再統一に言及していたからだ。かつ、これだけ米中対立が激化しても、今秋に予定されているリモートによる米中首脳会談を開催することを拒否していない。

習近平主席が戦術的後退に転じているのは、中国経済が破壊的な状況に陥っていることは想像に難くない。不動産バブル崩壊への危機感、共産党のコントロール不能になりかねないハイテク産業への締め付け、そしてエネルギー危機による大規模停電などだ。

しかし、ミード氏が指摘するように、「昇る中国と沈む米国」という物語が拡散している以上、派手な中国軍機による台湾の防空識別圏内への侵入や7月の強硬発言は避けられなかったのだろう。それを見破っているバイデン政権は、中国軍の跳ね返りによる偶発戦争を警戒しながら外交攻勢をかけている。