ウクライナを侵略するロシアの指導者が、「核の恫喝」を口にしたことにより、世界は「手負いの熊」がいかに危険であるかを理解した。キエフ陥落という悪夢の中で、先進7カ国(G7)はロシアとの対決で結束し、北大西洋条約機構(NATO)は本来のロシア封じ込め戦略へ引き戻された。だが、中国だけは戦略的利益のために、米国に対する中露連携の「新たな枢軸」を手放さない。
侵攻を事前に知っていた中国
中国政府高官がロシア側に北京冬季五輪の終了までウクライナ侵略しないよう2月初旬に要請していたとの米紙ニューヨークタイムズ(3月3日付)の報道は衝撃的だった。その根拠となる西側情報当局の報告書は、ロシアのウクライナ侵攻の前に、中国当局がロシアの計画や意図をつかんでいたことを示唆している。
「2月初旬」といえば、プーチン大統領が北京五輪に対する西側の外交的ボイコットをしり目に北京に飛んでいる。習近平国家主席との間で5000語という異例に長い共同声明をまとめ、「中露が互いの核心的利益を擁護する」として新たな枢軸を形成していたはずだ。
中露は「世界が多極化して、パワー配分の変化がある」と米国衰退論をにじませ、新たな時代に入ったとの認識を示した。独裁者による「米国弱し」との判断は、自らの勢力圏を拡大するチャンス到来との誘惑に抗しきれなくなるだろう。西側社会からみれば、自由主義国際秩序の破壊を目指す「悪の枢軸」の成立としか思えない。
狡猾な戦術家であるプーチン大統領は、ショイグ国防相らと図って、ウクライナ東部ドンバス地方のドネツク州とルガンスク州の独立を策し、ロシア系住民の保護を名目にロシア軍を送り込んだ。ウクライナへの本格的な侵略の序章である。
米国の関心を欧州にも分散
中国外交は建国後に、当時の周恩来首相が掲げた「平和五原則」を踏襲して、他国の主権侵害や内政干渉を決して支持しないことを基本としてきた。ロシアによる2014年のクリミア半島併合を認めてこなかったのも、この原則に従っている。
しかし、習近平国家主席の下では、この原則も怪しい。南シナ海や東シナ海では領土への野心を露骨に追求し、インド国境を侵害し、民主的に支配されている台湾に対して空と海から圧力をかけている。主権擁護の原則より領土的野心が勝っているのだ。
ウクライナが中華経済圏構想の「一帯一路」として、巨額の投資をつぎ込んだ経済パートナーであっても、米国と対峙するには、中露関係は戦略的重要性において優先すべきとの考えに傾斜する。台湾を擁護する米国とその同盟国を跳ね返すには、彼らの力を西太平洋の「アジア正面」から、東欧の「欧州正面」に分散させることが重要なのだ。
とはいえ、ウクライナ侵略の共犯者としてロシアと心中するような戦術は巧妙に避けている。当初は、西側がロシアの脅威をあおっていると非難しながら、ウクライナ侵攻には反対という当たり障りのない表現に切り替えた。
24日のラブロフ外相との電話協議でも、王毅外相は「中国は一貫して各国の主権と領土の一体性を尊重している」としつつ、ウクライナの歴史的経緯に言及しながら「安全保障問題におけるロシア側の理にかなった懸念を理解している」と繰り返した。
中国がロシアのウクライナ攻撃を、「侵略」と呼ぶことを拒否しているところを外国記者から「侵略を支持するのか」とただされ、報道官が「そのような質問の方式が嫌いだ」と、矛盾した自らの立場にイラ立ちを示していた。
約束も反故にする独裁者たち
その裏で中国は、ロシアのエネルギーや小麦を購入し、中国が制裁対象の決済システムへのアクセスなど出口をロシアに提供する余地が残している。中国が戦略的利益からロシアとの連携を手放さない以上、自由社会は結束して中露と対峙しなければならない。
日本はその中露枢軸と隣接する唯一の自由主義国家である。従って、日本にとってのウクライナ戦争の教訓は、独裁者たちが「力は正義だ」と考える世界の住人である限り、文書化された約束が、紙くずになる局面が到来することを覚悟することである。1994年のブタペスト覚書は、ソ連崩壊時に独立したウクライナに対し、米英露3カ国が安全保障を約束したものだ。それに従ってウクライナは、すべて核兵器を1996年までにロシアへ返却した。
ロシアは2014年のウクライナ侵攻でこの覚書を死文化させた。プーチンの裏切りである。核兵器を放棄するときが、他国からの侵略の危険を覚悟するときであるなら、核を保有するときが侵略の危険から解放されるときであろう。岸田文雄政権は欧州と協調して防衛費のGDP比を2%以上に設定し、米国との核共有か独自核の開発に向けた議論を進めるときであろう。
第89回 ウクライナ情勢を概観
力を信奉するロシアと中国が「新枢軸」結成か。核で恫喝するロシアを中国が支持するなら、日本も中国から核で恫喝されることに。自らの手で守る意思を固め行動する時。意見広告をぜひご覧ください。