公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2022.05.02 (月) 印刷する

切迫感欠く自民党の「安保政策提言」 太田文雄(元防衛庁情報本部長)

自由民主党の安全保障調査会は4月26日、「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を公表した。

長年、幹部自衛官として国家安全保障に携わって来た者として、今回のウクライナ戦争の教訓から、「提言」には多くの疑問点がある。

北は核ミサイル保有の可能性

3頁目の情勢認識(北朝鮮)では、短距離弾道ミサイルや核実験の再開に関する記述はあるものの、我が国を狙った核弾頭搭載の短距離弾道ミサイル配備の可能性については記述されていない。

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は4月17日、「新型戦術誘導兵器の発射実験」に成功したと報じ、これは「戦術核運用の効率」強化のためだとしている。昨年の我が国の防衛白書でも「(北朝鮮は)我が国を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載して我が国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる」と記されており、北は核搭載の短距離弾道ミサイルを保有していると当然、認識しなければならない。しかし、「提言」では、その切迫感が表れていない。

4頁目以降の防衛関係費では「従来、正面装備品への資源投資が重視されてきたが(略)継戦能力の維持に必要な弾薬の確保、装備品の可動率向上のための維持整備等の取組みも必要」とあるが、戦闘機を弾道ミサイル攻撃から防護するための掩体壕(シェルター)の整備など、抗堪性に関する言葉が見当たらない(14頁目に至ってようやく記述がある)。

5頁目には予備役制度の見直しについての記述がある。今回のウクライナ戦争で、ロシアの西隣国フィンランドは、ドイツやスウェーデンと共に国防政策を大転換し、中立から北大西洋条約機構(NATO)加盟への意図を明確にした。人口は約550万人に過ぎないが、戦時兵力は自衛隊とほぼ同じ約28万人、予備役を動員すると約90万人に膨れ上がる。これに対して日本は予備自衛官が陸で3万人、海空に至っては500人である。要するに自衛隊は打ち上げ花火のようにパッと輝いたら、それでお仕舞いなのだ。

8頁目で言及しているインテリジェンスに関しては「情報保全体制を強化し、いわゆるファイブアイズへの参加も視野に関係国との情報協力を促進する」とあるが、はっきりと「スパイ防止法」の制定を求めるべきではなかったか。

国防の「必要最小限」とは何か

10頁目にある「専守防衛」については「自衛のための必要最小限にとどめ」とある。これまで東日本大震災での災害派遣を始めとして、自衛隊は全力で任務の遂行にあたってきた。それが、災害派遣より遥かに烈度の高い国防に関して何故「必要最小限」なのだろうか。我が国周辺の中国、北朝鮮、ロシアのどの国をとっても、必要最小限の対応で済むような軍事力ではない。

本件記述の少し前には、メディアで大きく取り上げられた「反撃能力(counterstrike capabilities)」の記述がある。4月25日付の本欄でも取り上げたが、何故、シンプルに「攻撃力(strike capabilities)」と言えないのか。既に述べたように、北朝鮮の核搭載の短距離弾道ミサイルで我が国が攻撃されるような事態に至れば、「反撃」以前に数十万人、数百万人の死傷者が生じてしまうのである。

11頁目には日米同盟の強化と拡大抑止の項目で「核抑止力を中心とする米国の拡大抑止のあり方を不断に検討」とあるが、具体的に如何にして米国の拡大抑止を確保すべきかについて具体的な方策が示されていない。

「専守防衛」や「非核3原則」、ひいては「憲法9条」は見直すべき時に来ている。

産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が3月に実施した合同世論調査では、米国の核兵器を日本に置き使用の意思決定にも関与する「核共有」について、「核共有はすべきでないが、議論はすべきだ」「核共有に向けて議論すべきだ」が合わせて8割を超えた。国民の意識が核の議論について、そこまで行っているのに肝心の政治家の意識が遅れている。