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2022.05.18 (水) 印刷する

北欧のNATO参加は「プーチンの戦略的敗北」 湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

中立国のスウェーデンとフィンランドがNATO(北大西洋条約機構)加盟に舵を切ったことにより、プーチン露大統領の戦略的な敗北が決定的となった。ウクライナに侵略したプーチン氏が掲げた戦略目的が、NATOの東方拡大を阻止することであってみれば、軍事力の恫喝がかえってロシアにとっては悲惨な結果を招いた。自由社会がウクライナ戦争から得た教訓は、力ずくの拡張主義に対する最大の抑止が「同盟の結束」であることを確信させたことだ。

プーチン大統領はNATOを分断し、弱体化を狙ってウクライナに侵攻した。だが、ウクライナ戦争によるロシア軍の甚大な損害、国際的な孤立、そして主要国からの経済制裁によってモスクワの惨めな衰退は避けられない。これに北欧の中立国が歴史的変換を遂げて追い打ちをかけた。ロシアが独裁政権でなかったら、敗北の責任を追及されて政権が崩壊するのは確実である。

隣国を主権国家と認めぬ勝手

フィンランドのニーニスト大統領とマリン首相は、5月12日の声明で「NATOへの加盟はフィンランドの安全保障の強化につながる。加盟国としてこの防衛同盟を強化する」と強調し、対露抑止の最大化を図ろうとしている。プーチン大統領はニーニスト大統領に「関係を悪化させる」と脅したことも、フィンランドにNATO加盟の必要性を確信させただろう。

フィンランドは80年以上前の1939年に、やはり当時のソ連から無慈悲な攻撃を受けている。ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンは、フィンランド侵攻にあたって、ちょうど現在のウクライナ侵略と同じような3つの理由を挙げた。

その第1は、ソ連が小さな隣国に脅かされているという偽証だ。第2に、フィンランドの政権は主権国家とは言えないとの手前勝手な解釈を並べた。そして、第3に、フィンランドが米欧諸国に遊び道具のように利用されているという妄想である。

スターリンの再来のようなプーチン大統領は、今回のウクライナ侵略でも、当時はまだ存在していなかったNATOの拡大阻止を除くと、同じ屁理屈を並べていた。

このときスターリンは、フィンランドの島々をバルト海の前線基地にしようと取引を持ち掛けたが、フィンランド側がこれを拒否した。当時、人口400万人のフィンランドに1億7000万人の帝国主義大国、ソ連が侵略を開始した。

「称賛すれども支援せず」に反省

フィンランドはソ連の猛攻に数カ月間は持ちこたえたことから、イギリスのチャーチル首相ら欧州各国は、その勇猛ぶりを称賛したことまでそっくりだ。ソ連の死傷者はフィンランド人のそれを上回っていた。しかし、今日のウクライナ戦争と決定的に異なるのは、当時の米欧はフィンランドの奮闘を称賛はしても、支援のための武器を送ることはなく、まして軍事介入もなかったことだ。

この戦いでフィンランドは名誉を保つことができたものの、スターリンが要求した以上の領土割譲を迫られ、やがて消耗戦に敗れてしまう。

イギリスのジョンソン首相が11日にスウェーデン、フィンランドを相次いで訪問し、有事の際に軍事的な支援を行うことで合意したのは、1939年のチャーチルによる「称賛すれども支援せず」に対する反省が込められているのかもしれない。

日本も弱さ見せれば餌食に

それにしても、スターリンとその後継者のプーチンが、フィンランドとウクライナへの侵略に際してあげた3項目は、ロシアの東の隣国である日本にも当てはまるのではないか。

第1の「ソ連が小さな隣国に脅かされている」との偽証は、日本の岸田文雄政権が今回のウクライナ侵略に対し、先進7カ国(G7)と協調してロシアに科した経済制裁をみれば明らかだろう。第2に「主権国家とは言えない」との勝手な解釈も、北方領土交渉が行き詰まると、ロシアが決まって持ち出す論旨だ。ロシアは日米安保条約がある限り譲歩しないと持ち出す背景には、「日本は米国の言いなり」との意識があるからだ。そして、第3の「米欧諸国に遊び道具のように利用されている」という妄想も、欧州の問題にアジアの日本がG7として同調していることへの怒りである。

岸田文雄首相がG7 と足並みをそろえてロシアに対する経済制裁を発動したのは妥当な判断であった。同時に、その強制力が強ければ強いほど、相手の反発も強まるから、当然ながら報復や反撃を覚悟しなければならない。岸田政権はそれに見合う抑止力の増強を明らかにしなかった。

実際にロシアは、3月に北海道沖でヘリコプター1機が日本領空を侵犯したほか、ロシア軍艦艇10隻が津軽海峡を通過、宗谷海峡や対馬海峡でも艦艇を通過させた。北方領土で軍事演習を行い、4月にも日本海で演習参加の潜水艦2隻が巡航ミサイルの発射実験をしている。

プーチン流の対外行動は、まずは相手国の脆弱性を利用し、譲歩がみえてくれば、それは弱さの兆候と察知してちょっかいを出す。従って近隣国は、北欧2カ国と同様に決して弱さを見せずに、同盟の結束を図って「力の均衡」をはかることが重要なのだ。

 

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