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2022.05.18 (水) 印刷する

北がコロナ蔓延公表した2つの理由 西岡力(モラロジー道徳教育財団教授・国基研企画委員)

北朝鮮が新型コロナウイルスの感染拡大を初めて認めた。5月14日に「建国以来の大動乱」だと金正恩委員長が語り、翌15日には発熱者が120万人以上、死者50人と発表した。検査キットがほとんどない北朝鮮では、発熱者のほとんどはコロナ感染者である可能性が高い。医療体制も貧弱であることも考え合わせると死者50人は少なすぎる。15日に私が関係者から聞いたところによると、発熱者の約半分が平壌の患者で、平壌だけで1万人以上の死者が出ているという。

軍事パレードが感染広げたか

金正恩は「全国の全ての市、郡は自分の地域を徹底的に封鎖し、事業単位、生産単位、生活単位別に隔絶した状態で事業と生産活動を手配して、悪性ウイルスの伝播空間を抜かりなく完璧に遮断する」と対策を命じた。また、コロナ対策の実施下でも農作業や国策工事は続けるよう指示し、「当面の営農事業、重要工業部門と工場、企業での生産を最大限促し、和盛地区1万世帯分の住宅建設と連浦温室農場の建設のような人民のためのわが党の宿願事業を期日内に遜色なく完成しなければならない」と命じた。

内部情報によると、北朝鮮では市、郡を越える移動が禁止され、新義州など発熱者数が激増している地域では住民の外出も禁じてられている。田植えの時期を迎えた協同農場や金正恩の肝いりで推進中の平壌の高層アパート建設工事現場では、毎朝、作業員の体温を測り、熱がない者には出勤を促しているという。

ただ、コロナ患者は今回、初めて出たわけではない。北朝鮮がここに来て蔓延を認めた理由は2つあると聞いた。第1は平壌での蔓延状況がひどいので、移動制限でそれを鎮静化しようとしていることだ。平壌での感染爆発は4月25日に大規模な軍事パレード実施後から始まったようだ。全国から集められた軍人がウイルスを持ち込んだ可能性がある。

飢餓に加えて体制批判が加速

第2は、食糧難で地方の餓死者が出始め、体制批判が沸騰していて、このままだと暴動が起きそうだという危機感がある。その日暮らしをしている多数の貧困層は食べ物がなくて餓死直前になっている。各地で「コロナで死んでも、飢えで死んでも同じだ」「金正恩は軍事パレードやミサイル発射ばかりして人民を見殺しにしている」という怨嗟の声が渦巻いている。

コロナ蔓延公表直前の5月上旬に起きた保衛員(政治警察)殺人事件は、住民の体制への不満を象徴していた。平安北道朔州郡の道ばたで、夜間に殴り殺された保衛員の死体が発見された。その死体の首の部分に「人民が何か悪いことしたか、お前たちが悪いことしたのだろう、悪いことした奴らがしていない者をいじめている、人民をいじめるやつは復讐される」と書いてあった。犯人は見つかっていない。

同様に保衛員と安全員(一般警察)が殺傷される事件が全国的に頻発している。保衛員と安全員は、これまでのように厳しく人民を取り締まったら自分たちの身が危ない、と言い合っている。保衛省では現段階では横のつながりはない襲撃事件が、組織化されれば反体制暴動に発展する危険性があると見て、警戒を強めていた。

今回のコロナを名目にした住民統制強化で、外見上は治安が良くなるかもしれないが、根本的な食糧不足が解決されていないので、むしろ不満は積み重なる。何が起こるか分からない不安定な状況だ。