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2023.03.20 (月) 印刷する

中国が反米レトリックを加速させる理由 湯浅博(国基研企画委員兼研究員)

中国外交はその時々の都合で、「穏歩」と「急進」を交互に繰り返してきた。威圧的な「戦狼外交」を棚上げしたはずの中国が、今また対米強硬姿勢に転じている。習近平国家主席が3月初旬の演説で、自国に対する「全面的な封じ込め、包囲、抑圧」の勢力として米国を名指しで非難し、「我が国の発展に前例のない深刻な課題を突き付けている」と強硬度のペダルを踏み込んだ。自らの経済政策の失敗を隠し、米国による先端半導体の輸出規制や偵察気球の撃墜などから、反米レトリックを加速させている。

失政隠しの戦狼外交

習近平政権が進めた「ゼロコロナ政策」の失敗は不動産バブルの崩壊と重なって、中国経済にとって決定的な打撃となった。政策の明らかな失敗が隠せなくなると、外国勢力の陰謀に刃を向けるのが独裁政権の常だ。さらに、中国外交のトップ、王毅中国共産党政治局員が2月のミュンヘン安全保障会議で宣言したロシアのウクライナ侵略戦争の「和平案」が米欧から拒否されると、その外交は強硬度を増していく。

秦剛外相は就任後初の記者会見で、米中の対立は「人類の未来」を危機に陥れていると米国とその同盟国に警告した。秦外相は徐々にボルテージを上げ、米国が「対立でなく競争」を言いながら、「実際にやっているのは完全な封じ込めと抑圧であり、生きるか死ぬかのゼロサムゲームである」として、前日の習演説に輪をかけた。そのうえで秦外相は、米国が進路を変えなければ「衝突と対立に発展する」として戦狼外交に逆戻りした。

「封じ込め、包囲、抑圧」

中国首脳部が「抑圧」を語るときは、バイデン政権が決断した中国に対する先端半導体の輸出規制を意味しているようだ。先端半導体の規制は、民生用と軍事用の両方で使用されるから、高度技術を導入しようとする中国軍の目論見が阻止される。さらに、中国が2030年までに人工知能(AI)を支配しようとする野望をバイデン政権に妨害され、経済発展に制限を加えられようとしていると考える。

彼ら首脳部が「封じ込め」や「包囲」に言及するときは、インド太平洋戦略として日米英豪印、さらに仏独などが安全保障の枠組みを拡大させていることを指している。実際に、米英豪の安全保障の枠組み「AUKUS」(オーカス)による原子力潜水艦の取り決めや、日米豪印4カ国安全保障対話「クアッド」の活性化、さらに米比同盟の立て直しや米国による台湾への武器売却が進みつつある。

西側の連携強化

秦外相はロシアによるウクライナ侵略戦争に関連して、中露枢軸について「第三国の干渉や挑発も受け入れない。パートナーシップは今後も高いレベルで発展する」と述べ、中露の関係が強化されることを明確にした。

見込みのない「和平構想」を掲げながら、ロシアへの武器売却を検討しているのは中国である。中国は欧州の反発を招くなど戦略的な利益を損ねても、モスクワと距離を置くことは断固として拒否する。中国にとってロシアの敗北は、米国の影響力を削ぎたいとの共通利益をもつ軍事大国を失うことを意味する。

習主席の演説や秦外相の発言から浮かび上がるのは、米国が昨年10月に実施した対中先端半導体の輸出制限が中国に打撃となっている成功例であること、そして中国の台湾攻撃を抑止するための日米英豪印の協力、北大西洋条約機構(NATO)との連携が効果を発揮していることだろう。(了)