ウクライナ戦争勃発後、先進7カ国(G7)による対ロシア制裁にくみしない発展途上国が「グローバルサウス」と称されるようになり、存在感を増している。G7とロシアの対立で中立を装う中国はこの機に乗じて、中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカの新興5カ国で構成するBRICSを踏み台に、人民元決済のグローバルサウスへの浸透を狙う。
中国の策略が部分的にせよ結実したのが、8月24日、南アフリカのヨハネスブルグで開かれたBRICS首脳会議を経て決まったBRICSの拡大だ。サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、イラン、エジプト、エチオピア、アルゼンチンの6カ国がBRICSに新規加盟する。中国は拡大BRICSを足場に、エネルギーなどの貿易の人民元決済の拡大を図ろうとしている。
基軸通貨ドルを支えた石油
ウクライナ戦争勃発後、中国の習近平党総書記・国家主席は中東産油国向け外交攻勢を強めてきた。昨年12月にサウジアラビアを訪問し、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)とサウジ政府の協力覚書が署名された。米国がファーウエイを安全保障上の脅威とみなし、米市場から締め出したのに対し、中国はまんまとサウジを取り込んだ。
中国の最大の目標が石油の人民元建て取引である。習氏はリヤドでの中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議にも出席し、石油・天然ガス貿易の人民元建て決済を推進するとし、上海石油天然ガス取引所を「最大限に活用する」と表明した。
習氏は石油の人民元決済、言わば「ペトロ人民元」によってドル覇権の切り崩しを狙う。ドルは1971年8月のニクソン(米大統領)声明で金とのリンクを断ち切り、1973年には変動相場制に移行した。ドルは円や欧州通貨と同じく、ペーパーマネーつまり紙切れとなったのだが、その信用をつなぎ止める碇となったのが石油である。1974年、キッシンジャー米国務長官(当時)がサウジの首都リヤドを訪問し、サウジをしてすべての国々への石油の販売はドル建てで行うと約束させた。米国はその見返りとしてサウジ王家の保護と同国の安全保障を引き受けた。世界最大の石油輸出国で石油輸出機構(OPEC)の盟主サウジが石油取引をドルに限定したことから、石油と、同じ炭化水素である天然ガスの国際相場はすべてドル建てとなり、ドルは「ペトロダラー」として基軸通貨の座を堅持し、現在に至る。
広がる人民元建て取引
石油の人民元建て取引はすでに中国とロシア、イランとの間で合意済みだ。習政権はサウジアラビアとは数年前から水面下で交渉を続けてきたが、サウジは慎重姿勢を崩さなかった。しかし、今年1月には、サウジ財務相がドル以外の通貨での貿易決済の話し合いに応じると言明した。2月にはイラク中央銀行が対中貿易で人民元決済を認めると表明。3月には習政権がサウジアラビアとイランの関係正常化を仲立ちした。続いて、サウジ政府が中国、ロシア、インドや中央アジア諸国の協議機関である上海協力機構への参加を決定。中国とブラジルが人民元及びブラジル通貨レアルによる貿易、金融取引開始で合意した。中国の国有石油大手、中国海洋石油(CNOOC)も同月、UAE産の液化天然ガス(LNG)を人民元建てで購入した。4月にはアルゼンチンの経済相が、中国からの輸入商品のドル建て決済をやめ、人民元建てで払うと発表した。
権威主義拡大の好機
この人民元決済化の流れを受けて、8月下旬のBRICSへの6カ国新規加盟に至ったのだが、現時点では人民元が基軸通貨ドルを脅かすほどの威力があるわけではない。中国では、大口の資金が移動する資本市場が規制でがんじがらめになっているので、外国の政府や投資家は人民元建て資産を自由に運用できない。それに、不動産バブル崩壊に伴う金融不安から、人民元の信用も揺らいでいる。
だが、油断は禁物だ。中国の強みはモノの供給力だ。中国は人民元安をテコに輸出競争力での優位を維持しているし、米国に次ぐ世界第2位の輸入市場でもある。相手国は中国からの輸入を人民元で支払うことでドルの流出を抑えることが可能だ。グローバルサウスの多くの国は米金利高に伴う資本流出に悩まされている。習政権はドル決済の世界を蚕食し、じわじわと権威主義を広めていく好機と捉えているのだろう。
先のG7広島サミットではグローバルサウスの取り込みが主要議題になったが、対中宥和の配慮が影響し、実効性に欠けた。議長国である日本は直ちに中国の策略を綿密に分析し、バイデン米政権などに警鐘を鳴らす責任があるはずだ。(了)