先の米中首脳会談による「雪解け」ムードにもかかわらず、台湾海峡から南シナ海にかけての海域ではなお、赤い警告灯が点滅している。
11月15日にサンフランシスコ近郊で開催された首脳会談で、習近平中国国家主席は台湾に対して軍事行動をとる計画はない―との心強い誓約を披歴した。それから4日後の19日、中国空軍の戦闘機、早期警戒機など9機が台湾海峡の中間線を超え、これまで通りに台湾を威嚇した。これら空軍機に連携して海軍艦船も航行していた。
米国もまた、中国が領有権を主張する南シナ海のパラセル(西沙)諸島周辺で、ミサイル駆逐艦による「航行の自由」作戦を実施した―と、米海軍第7艦隊が25日に明らかにした。第7艦隊の声明は、中国の「行き過ぎた海洋権益の主張に異議を唱え、海洋の権利と自由を守り続ける」と宣言している。
米中双方の軍が台湾海峡や南シナ海で互いをけん制する状況が続いていることは、決して驚くことではない。習主席は今回の首脳会談で、台湾への軍事的威嚇をやめるとは約束していないし、バイデン米大統領も航行の自由作戦や台湾への武器輸出をやめるとも誓約していない。
米中首脳会談でいくら友好ムードを演出したところで、基本的なイデオロギーや地政学上の敵対関係がぬぐえたわけではないからだ。バイデン大統領がこの会談により大国間競争の時代との決別をしたわけでもないし、習主席が米国主導の国際秩序を覆そうとする野心を放棄したということでもなかった。
友好ムード演出の裏事情
バイデン大統領と習主席が互いに、現時点で抑止の均衡が崩れて制御不能に陥っては困るからだ。
バイデン大統領はロシアの侵略に抵抗するウクライナを支援し、ハマス奇襲に反撃するイスラエルを支えている。これら二つの危機のさなかに、東アジアで「第3の戦線」が開かれないよう手を打つ必要があった。中国が台湾を攻撃すれば、地域戦争に限定されずに悲惨な大規模戦争になりかねない。米中は冷戦終結以来、最も危険な局面に立っている。
バイデン大統領は「米国は常に自国の価値観、同盟国やパートナーのために立ち上がる」として決意を伝えておくことに重きを置いた。台湾封鎖も侵略も失敗する可能性を中国に自覚させ、たとえ勝利したとしても中国が人命と資産を失い、政権を脅かす混沌を招くことを認識させる。
米国防総省は中国人民解放軍が西太平洋で危険な行動をやめるとは考えていないし、米中危機に陥っても、中国側が電話に出るとも考えていないだろう。
他方、中国は不動産バブルの崩壊や過剰債務の積み上げを解消するために、外国投資や輸出市場を必要としている。それは習主席が今回の訪米で、米国ビジネス界のトップリーダーとの会合を首脳会談の前に設定しようとして、バイデン政権から拒否されたことに現れていた。
なにより、習主席は来年1月の台湾総統選挙を前に、台湾の有権者を驚かせないよう神経を使い、穏やかなレトリックを使いながらこれまでの主張を繰り返した。伝えられる台湾侵攻計画については、「基本的にそのような軍事計画はなく、それを誰かが私に話したこともない」と事実上否定した。
独裁者の外交宣伝
しかし、「当面」はそうだとしても、軍に対して「重要なのは力があるかどうか、その力を使えるかどうかだ」と言っている独裁者の外交宣伝を信じる者はいない。中国の少数民族ウイグル人への迫害を否定し、サイバー窃盗を否定し、偵察気球を観測用だとごまかす。中国のうそを挙げればきりがない。
もっとも、首脳会談での習発言は、台湾の選挙戦に跳ね返って逆効果だったかもしれない。与党、民主進歩党の総統候補、頼清徳副総統は早速、支持者集会で「習氏すら台湾侵攻計画を否定している。国民党はいつも不安をあおってばかりいる」と野党、中国国民党を批判した。国民党はそれまで民進党の強硬な対中政策が「戦争を誘発する可能性がある」と批判し、「民進党に票を投じれば、若者たちが戦場にいく」というスローガンを繰り返していたからだ。
慌てた中国は、頼氏が習発言の「文脈を無視して」利用し、国民党の信頼性を傷つけていると不満を述べていた。中国空軍の戦闘機、早期警戒機など9機が台湾海峡の中間線を超えたのも、改めて台湾を威嚇しておく必要があったのだろう。
米中関係が一時的に好転しても、習政権は「核心的利益」として台湾併呑をもくろみ、台湾の独立阻止のために武力行使の可能性は放棄しない。米国の相対的な衰退から抑止力が低下しており、中国に弱みに付け込むスキを与えないよう軍事増強を期待するばかりだ。中国と最前線で対峙する日本は、米国との統合抑止力を一段と強化したい。(了)
第481回 台湾海峡はなお赤く点滅
米中首脳会談後の変化を見ると、中国の軍用機や艦船が台湾海峡の中間線を越え、米海軍も海峡を通航。友好ムードは振り出しに戻った感があります。台湾海峡の波風は来年1月の総統選挙の結果が試金石になりそうです。