英国際戦略研究所(IISS)主催のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で6月1日、オースチン米国防長官は、中国が南シナ海でフィリピンに対して行っているハラスメント(嫌がらせ)を危険と非難する演説をした。
海上で中国の嫌がらせを受けているのはフィリピンだけではない。ベトナムは南シナ海の沿岸海域で中国の非合法漁業活動や、2000年に合意したトンキン湾中間線をベトナム側に押し出す動きに苛立っている。オーストラリアは5月に黄海上空で、海軍のヘリコプターが中国軍戦闘機のフレアによる危険行為を受けた。台湾も5月、中国軍と海警の演習で周囲を包囲されたが、2年前の演習に比し今回は海警が台湾の離島を封鎖する訓練を行ったことが特徴だ。
日本も自国領土である尖閣諸島の周辺で、中国海警に領海侵犯を繰り返されている。日台比越豪は、地域の平和と安定を願う米国と国際的な連携を組んで、中国に立ち向かうべきではないか。
日本は旗振り役になれ
これまで中国は、小国を1対1の交渉に引き込み、各個撃破で要求をのませる「弱い者いじめ」の政策をとってきた。嫌がらせを受けている国々が連携することを中国は最も嫌っている。
フィリピンは、自国領と見なすスプラトリー(南沙)諸島南西部の小島を1976年にベトナムによって奪われた。それもあって、フィリピンとベトナムは中国に対する統一行動を必ずしも取れず、フィリピンが中国を相手取って起こした南シナ海をめぐる国際仲裁裁判にベトナムは加わらなかった。しかし本年1月、中国から嫌がらせを受けている国同士の連携として、海洋安全保障協力覚書を交わした。
今回のシャングリラ対話では日米比3カ国の海上法執行機関長会談が行われた。5月には日米豪比の4カ国防衛相会議が行われたばかりであり、対中国際連携の機は熟している。
4月の日米首脳会談で岸田文雄首相は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り、強固にしなければならない」と述べた。木原稔防衛相も今回のシャングリラ対話で「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化をリードする」と述べた。日本は対中連携の旗振り役となるべきだ。
国基研もシンクタンクとしての立場で、日米台比の第1列島線防衛対話の第1回を令和3年6月に、第2回を令和5年3月にそれぞれリモートで実施した。これにベトナムや豪州を加えて、中国に立ち向かう国際連携を推進していきたい。
侮れない中国の海洋力
2020年4月13日 の中国共産党機関紙・人民日報によれば、中国の海警は既に世界最大の海上法執行機関部隊となっている。しかし日台比越豪が米国の後ろ盾を得て、同時に行動を起こせば、海警の力は分散されるであろう。ただ中国には、多数の海上民兵もいることを忘れてはならない。
今回、中国はシャングリラ対話に、昨年末に第14代国防相に抜擢された董軍海軍上将を参加させた。欧米の主要メディアは、元来陸軍が主流である人民解放軍にあって、マイナー軍種の海軍から初めて国防相となった董上将を見劣りすると報じたが、その軍歴から見て、新国防相を過小評価すべきではない。
董上将は統合軍を指揮した経験が豊富である。2013年から14年にかけて、台湾侵攻のために人民解放軍の海・空・ロケット軍・海警を束ねる統合軍司令部である東シナ海統合作戦センターの最初の指揮官であった。また、台湾侵攻の任を担う東海艦隊の副司令官でもあった。さらに、南シナ海を担当する南部戦区でも豊富な統合軍作戦の指揮経験を持っている。
これまで人民解放軍内で海軍軍人として最高位に上ったのは、孫建国副総参謀長である。潜水艦乗りで、2015年と16年のシャングリラ対話に参加している。海洋強国を目指す中国で海軍軍人が登用されることは自然の成り行きだ。