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2025.03.03 (月) 印刷する

中国海軍の豪州沖射撃訓練の問題点 黒澤聖二(元統合幕僚監部首席法務官)

2月中旬から月末にかけ、オーストラリアとニュージーランドに挟まれたタスマン海で中国海軍の艦隊が実弾射撃を行い、民間航空機は迂回を余儀なくされた。

豪州のマールズ国防相は21日、実弾演習の通告が直前にあったが、民間航空機は迂回せざるを得なくなったとして、ニュージーランドと共に懸念を表明した。これに対し、中国国防省報道官は27日、「国際法を完全に遵守したもの」と釈明した。

果たして中国報道官の言うとおり、中国は国際法を完全に遵守したと言えるのだろうか。

公海は自由が原則

まず、問題の発生場所はどのような海域か。報道によると、排他的経済水域(EEZ)の外側、つまり公海だという。公海では「公海自由の原則」が謳われる。これは国際慣習法として確立したもので、1958年の「公海に関する条約」で明文化され、1982年の海洋法条約にも引き継がれた。

この公海自由は「帰属からの自由(どの国のものでもない)」と「使用の自由」を意味する。特に使用の自由は、①航行の自由②漁獲の自由③海底電線や海底パイプラインの敷設の自由④公海上空飛行の自由⑤人工島その他の設備を建設する自由⑥海洋の科学的調査の自由―が含まれる(海洋法条約第87条)。

また、公海における海軍の軍事演習は、関係国への事前通報等を条件に、従来から違法とはされてこなかった。実際、各国海軍は公海上で軍事演習を繰り返している。その限りにおいて、中国海軍の軍事演習も非難されるものではない。

「妥当な考慮」は払われたか

さて、公海においては自由が強調されがちだが、制約もある。例えば、海洋法条約では、「公海の自由」を行使するにあたり他国の利益や権利に「妥当な考慮(due regard)」を払わねばならないと規定している。

今回の実弾射撃に関していえば、中国が妥当な考慮を払ったかどうかが問題となる。言い換えると、他国の船舶や航空機の妨げとならない配慮が必要となる。具体的には、公海での軍事演習の実施に際しては、沿岸国の同意を得る必要がない代わりに、沿岸国の当局や国際機関を通じて実施海域と日時を十分な時間的余裕をもって通報する必要がある。

通常パイロットは、軍事訓練やロケット発射などについて、24時間以上前にノータム(NOTAM)という航空従事者への通報で知り、事前に航空路を検討するのだが、今回はノータムの発出がなかった模様だ。飛行中のパイロットが今回の演習を初めて知ったのは、緊急ラジオチャンネル(121.5MHz)で流された中国海軍の放送だったという。その結果、少なくとも49便の飛行中の民間航空機が迂回を余儀なくされた。すなわち今回の件は、十分な時間的余裕もなく、方法も適切でない通報だったと言うことができ、中国側が妥当な考慮を欠いた、というのが筆者の見解である。

加えて海洋法条約では、同条約で認められる権利や自由を濫用してはならないと定める(第300条)。仮に濫用した場合、派生する損害を賠償する義務が生じ得る。

演習海域を事前に通報したからといって、その海域が中国のものになるわけでなく、他国の船舶の航行や航空機の上空飛行は禁止されない。演習中の海域に他国の船舶や航空機が進入して損害が生じれば、責任は中国側にあることを忘れてはならない。(了)