国基研の理事・企画委員だつた遠藤浩一さんの急逝が1月4日。実はその前後3週間ほどの間に近親2人と合はせて3人を見送つた。現実感を伴へぬ一種異様な時間が経過する日々だつた。雑誌『正論』に寄せた遠藤氏追悼の一文にも書いたが、死について色々考へさせられた。実の近親以上に遠藤氏の死が一番応へたのだが、死者を見送るのが残された者の役割であると共に、「死」とは、飽くまでも、それを見送る生ける我々の側の問題だといふ、いはば当たり前の感想だつた。死者は絶対に自分の「死」を認識しない。「あゝ、今、自分は死ぬんだな」といふ意識までは持つこともあらうが、「死」が訪れる瞬間以後は、少なくとも常識的には「死」も「無」も観念として死んだ者には理解も把握もできない
訳で、すべては生きてゐる者のいはばタハゴトとすら言ひうる。
諄いやうだが、息を引き取る人を見送る瞬間――今まで言葉なり表情なりで意思やら何やらの交感をしてゐた相手が息を引き取つて彼岸に行つてしまふといふ認識は、体温を失ひ冷たくなつていく骸を目の前にする生ける側の人々なのであり、死に行く本人は自分が彼岸に移り、こちら側に我々を残してきたといふ認識は持たない、あるいは持てないのである。少なくとも、我々は普通このような認識で一先ず自分を納得させてゐる(ここでは霊魂の問題にまでは立ち入らない)。
と、実はここまでは枕なのだが、3人の死を切掛けに正月明けに大学のゼミで、「死」について議論しようかと思ひ、大略上記のやうな話を一時間ばかりした。その後で、学生(20歳前後)に意見を言つて貰はうとしたのだが、返つて来た応へは、「今まで自分が何も考てゐなかつたことに気付かされた」、「自分には意見を言ひたくても、言葉が足りない(言語能力がない)」、「よく分からなかつた」、そして、ある女子学生に至つては「頭が痛くなつた」と……。彼らは実に素直ないい子たちではあるのだ。
この学生たちを私は非難するつもりではない。私が接してゐるのは、確かにごく一部の学生であり若者でしかない。が、このやうな傾向は年々強くなつてゐる。そして、その原因の一つに、我々年長者も含めた我が国及び時代そのものの幼さがあらうと考へてゐる。が、最大の問題は、現今、私が教へる世代が「ゆとり教育」世代だといふことに尽きる気がする。
今の若い世代に欠けるのは、何よりも思考力・判断力、あるいは事に当たつて将来を見通すための推理推論等の力だと感じる。そして、これらの力を涵養するのは読書であり、言語運用能力であり、つまりは薄つぺらな教科書では不可能な国語教育である。あるいは、日本人の物語としての我が国の歴史の学習である。そして、その背後に数学的論理的思考が要る。さらにいへば、外国語学習といふ、全く我々の外部にある言葉を「他者」として客観的に習得させる教育だらう。
しかし、現政権下ですら、さういふ全体を俯瞰した観点に欠けているのではないか。英語教育は喧しく議論されるが、国語教育(思考の教育)の重要性は殆ど問題視されない。小学生の低学年から英語を学ばせる必要などない。もつと過激に問題提起をしておくが、オリンピックが来ようが来まいが、生涯で英語などほとんど不要といふ人々は幾らもゐる。たとへば、仮に小学校高学年から英語教育を始めるなら、義務教育までは必修にして、高校からは選択科目にする。大学では様々な外国語を選択科目として準備し、あとはエリート教育を徹底する。官僚や政治家、あるいは先端科学の技術者にならうといふ学生達には真のエリート教育を準備しておくことではあるまいか。1%のトップ・クラスのエリートを
全人格的に育てることが肝要だらう。そしてここに平等概念の入り込む余地などあるまいと思ふのだが、いかが。
以上、国際情報戦をいかに戦ふかといふテーマからは外れるが、これも我が国の深刻な課題と思ひ記す。国際情報戦を戦ひ抜くためにも、十年二十年先を託しうる健全な思考力や判断力を備えた若い世代を育てることも、我々の課題であらう。
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