公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2014.04.07 (月) 印刷する

良心的韓国人への背信が招いた敗北 島田洋一(福井県立大学教授)

 河野談話に至る準備作業として日本政府は、1993年7月26日から30日までソウルで、16人の元慰安婦から、それぞれ短時間の聞き取りを行った。
 その前年に当たる1992年の7月から年末に掛け、韓国でも15人の学者が「挺身隊研究会」を組織し40数人の元慰安婦から、それぞれ5,6回にわたる長時間の聞き取り調査を行っていた。代表者は安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大学名誉教授(当時は教授)で93年2月に『証言集Ⅰ』を出版している(安氏は、連携してきた運動体の「韓国挺身隊問題対策協議会」が事実の究明ではなく「反日」を目的としているとの疑念を深め、この後、会から離れている)。
 安氏は証言集まえがきに、「証言者が意図的に事実を歪曲していると感じられるケース」もあり、と書いている。結局40数人中採用できたのは19人、その内、日本軍に強制連行されたと言えるケースはゼロであった(この辺り、西岡力『よく分かる慰安婦問題』に詳しい)。日本政府の、結論ありきのおざなりな聞き取りとは違い、「親日派」の非難を覚悟した上での良心的で緻密な調査だった。
 日本政府にもせめて半分程度の知的誠実があれば、当然、こうした韓国側学者との接触も生まれ、生産的な連携に至ったかも知れない。ところが実際日本政府が行ったのは、反日左翼運動体に迎合した韓国政府への迎合であり、それは畢竟、良心的韓国人たちに対する背信であった。
 安氏はソウル大学退官後、福井県立大学の特任教授となり、私は同僚として数年間謦咳に接する機会を得た。その関係で、2007年3月、すでに韓国に戻っていた安教授とソウルで再会した際、慰安婦問題(当時、第一次安倍政権下で再燃していた)について改めて率直に話を聞けた。
安氏の話をメモ風にまとめたものを、帰国後『現代コリア』2007年5月号で紹介した。一部再掲しておく。
「関係者に依頼され、聞き取りも含め詳しく調査したことがあるが、私の知る限り、日本軍が女性を強制動員して慰安婦にしたなどという資料はない。貧しさからの身売りがいくらでもあった時代に、なぜ強制動員の必要があるのか。合理的に考えてもおかしい」
「売春は本来暴力や詐欺行為が渦巻く世界だ。どこであれ、売春に関して悲惨な話が出てくるのは当然だ」
「兵隊風の男がやってきて、といった証言もあるが、当時、兵隊のような服を着た人間はたくさんいた」
「昨年、テレビでこうした見解を語って袋だたきにあったが、今後も同じことを言う。強制動員を示す資料はないというのは事実で、曲げようがないからだ。ニューライト財団の人々は、おおむね私の考えを理解している」
「安倍首相は、厄介だから謝っておこうという態度を取ってはならない。それは韓国の議論をミスリードする」。(引用終わり)
 安教授の最後の言葉が重い。いま、河野談話当時の日本政府関係者から、韓国政府を信頼して「譲歩」したのに裏切られたとの恨み節が聞こえる。しかしその前に、韓国内の良心的勢力をないがしろにして「政治決着」を図った浮わついた態度が情報戦の敗北を招いたというところまで踏み込んで反省すべきだろう。