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2014.10.23 (木) 印刷する

「めぐみさん幼少時の事故」という虚偽情報戦 島田洋一(福井県立大学教授)

 2006年6月29日、北朝鮮内のホテルにおいて、横田めぐみさんと少なくとも一時期夫婦関係にあった金英男氏(キム・ヨンナム、韓国人拉致被害者)が、訪朝した母、姉とともに記者会見を行った(正確に言えば、北当局に「行わされた」)。
 その際、金氏はめぐみさんの「死」に関し新たな情報ないし解釈をもたらした。いわく、「(めぐみさんは)幼いころに事故で頭をケガした記憶があると言っていた。頭痛が治らなかった」。すなわち、幼少時の事故の後遺症による体調不良が鬱病を引き起こし、自死に至ったというわけである。
 この点に関し私は当時、月刊『諸君!』2006年9月号に掲載された座談会(櫻井よしこ、横田滋、横田早紀江、島田)で次のように指摘した。

 「(北当局が金英男氏に語らせた話は)精神疾患そして自殺というストーリーを維持しつつ、『めぐみさんが変調をきたした原因は、北朝鮮の拉致にあるのではなく、両親の不注意にあるのだ』と自らの犯罪を棚に上げ、あろうことか横田夫妻に責任を転嫁しようという卑劣きわまりない発想といえます。金英男氏やめぐみさんら拉致被害者はみな北で幸福に暮らしてきたというフィクションと、めぐみさんが自殺したというフィクションの間に整合性を保つため、幼少時のケガの後遺症という第三のフィクションを持ち込んできたということでしょう」

 10月22日、政府は、北朝鮮の「特別調査委員会の責任ある立場の者に対して、日本として拉致問題が最優先であることを直接強調し、疑問や質問をぶつけ、調査の現状について詳細を聞きただす」(菅官房長官)ため、27~30日の日程で伊原純一外務省アジア大洋州局長らを平壌に派遣するとの方針を明らかにした。
 北朝鮮側には、単に嘘をつくにとどまらず、隙あらば日本側に「責任を転嫁しようという卑劣きわまりない発想」がある。幼少時の事故という両親に聞けばすぐ虚偽と分かる「証言」も、相手のバランスを崩すビーンボール効果を狙ってか、平気で投げてくる。そうした底知れぬ卑劣さを認識するほどに、「共通認識」など容易に成り立たないことが分かる。
 10月16日、自民党の外交部会・拉致問題対策本部合同会議にオブザーバー出席した際、発言の機会を与えられたので伊原局長に次の質問をした。
 「夏の終わりから秋の初めに掛けて北が1回目の報告をする」という「共通認識」が日朝間でできたという同局長の説明を、日本国民は一種の期限と受け止め、期待してきた。ところがもたらされたのはゼロ回答であった。局長のいう「共通認識」とはいかなる意味なのか、われわれ共通認識を持っておく必要があると思うので説明願いたい。
 伊原局長の回答は「北との間で紙に書いた合意があったわけではない。日本側交渉団は、夏の終わりから秋の初めに掛けて最初の回答ということで共通の認識が得られたと思っていたが、相手の認識はそうではなかったようだ」というものであった。
 これは通常、「共通認識がない」と表現すべき状態だろう。
 局長が自信を持って北の背信と言える状況が存在したのなら、厳しいペナルティを外相、官邸に進言してしかるべきはずだ。
 一方、合意でなく願望に近いものを「共通認識」と説明していたのなら、根拠なく国民の期待を高め、結果的に欺いたことになり、交渉担当者の責任が問われねばならない。
 北朝鮮側は日朝交渉を国際情報戦の一貫と捉えている。日本側にはその意識があまりに稀薄ではないかと危惧される。