公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2015.08.03 (月) 印刷する

アウシュビッツと特攻隊の同一視推進 島田洋一(福井県立大学教授)

 特攻基地「知覧飛行場」があった鹿児島県南九州市が、ポーランドにあるユダヤ人大虐殺記念館で共同展示事業を進めていたという。
 南九州市長は、「アウシュビッツ博物館で、特攻隊関連の資料展示ができれば、世界中の人に特攻のことを理解してもらえると思って…。あくまで世界平和発信のため、良かれと思って…」、「特攻を広く発信することで『狂信的』といった海外の評価を変えたかった…」などと語っている。
 空恐ろしいまでの愚かさ、という他ない。「世界平和のため」と言われれば、即座に思考力が麻痺してしまうのだろう。韓国や中国の反日勢力は今、ナチスのユダヤ人大虐殺と日本の慰安婦制度を同列に置く極端な歪曲キャンペーンを国際的に進めている。今年4月の安倍首相訪米に当たっても、在米コリアンらが、アウシュビッツの生き残り女性と韓国人の自称元慰安婦をカメラの前で抱擁させるパフォーマンスを演じていた。日本が歴史戦で負け続けるのは、外務省エリートや中央政界の左翼・リベラル議員の不見識にとどまらず、地方の政治行政レベルまで行き渡る途轍もない愚かさのせいであることを南九州市長の発言は改めて想起させてくれる。
 「民間人虐殺と国を守る戦闘行為を同列に扱うな」「特攻隊に対する冒涜」などの当然の批判の声に押され、結局、南九州市は計画を断念した。
 心ある市民が素早く声を上げることが、今後ますます必要となる。関連記事を以下に引いておく。

 《西日本新聞 2015年7月28日朝刊
 「アウシュビッツの市」と友好協定断念 知覧の南九州市、批判殺到「特攻と虐殺同列視するな」
 太平洋戦争末期に特攻隊員が出撃した知覧飛行場跡がある鹿児島県南九州市は27日、ユダヤ人を大量虐殺したナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所跡地があるポーランド・オシフィエンチム市との友好交流協定締結を断念したと発表した。戦後70年を機に、両市が手を携え世界に平和を訴えようと締結準備を進めていたが、「民間人虐殺と国を守る戦闘行為を同列に扱うな」などの反対意見が相次ぎ、締結に向けた協議を中止した。
 市によると、締結に動いたきっかけは5月下旬にオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長から届いた親書。「悲惨な過去を後世に伝える責任がある点で共通している」と交流を呼び掛ける内容だった。南九州市は特攻隊員遺書の世界記憶遺産登録を後押しする効果も期待し、その後の協議で、バルトッシュ市長が9月下旬に南九州市を訪れ協定を結ぶことに合意。特攻と虐殺の資料の互展示も計画していた。
 今月15日に締結方針が報道されると「特攻隊を冒涜する」などの反対の電話やメールが全国から130件届いた。隊員の遺族からも数件、反対の声が寄せられた。賛成意見も数件あったが、霜出勘平市長は「締結すれば元隊員や遺族を傷つけ、混乱も予想されるので断念した。特攻を広く発信することで『狂信的』といった海外の評価を変えたかったが、これほどの反発は予想しなかった」と話した。
 1945年5月に串良飛行場(同県鹿屋市)で離陸直前に滑走路で出撃中止を命じられた元特攻隊員の川風良平さん(88)=宮崎市=は「命令一下で死んだ隊員も戦争被害者であり、特攻と虐殺が同一視されかねない協定には違和感がある。みんなが納得する形で語り継いでほしい」と語った。》

 《産経新聞 7月28日
 知覧・南九州市 アウシュビッツとの友好協定中止を決定 反対論続出「勉強不足でした…」
 さきの大戦末期、旧日本陸軍の特攻基地「知覧飛行場」があった鹿児島県南九州市が、アウシュビッツ強制収容所跡地のあるポーランドの都市と進めていた友好交流協定の問題で、南九州市は27日、協定締結を中止することを明らかにした。「特攻とユダヤ人虐殺が同一視されかねない」という市内外からの反発によって、見直しを決めた。(南九州支局 谷田智恒)
 同日開かれた市議会全員協議会で説明した。
 市総務課によると、友好協定の話は今年1月、世界各国を歩いて平和や環境保護などを訴えているという横浜市の男性(32)が、持ち込んできたのがきっかけ。男性は昨年12月、同市の知覧特攻平和会館を訪れ「特攻隊員の遺書を読んで感動した。世界に平和を発信しているアウシュビッツと結びつけたいと思った」と担当者に語った。
 男性は今年2月頃、アウシュビッツ強制収容所跡地のあるポーランドのオシフィエンチム市のアルベルト・バルトッシュ市長と面談し、南九州市との提携話を持ちかけたという。市長から「世界平和の発信に向けたパートナーシップを前向きに考えたい」とする親書を受け取り、5月末に南九州市役所へ持ち込んだ。
 南九州市役所内部では「ユダヤ人をはじめ多くの人命が奪われたオシフィエンチム市と同様に、知覧では夢と希望のある多くの若者が特攻隊として飛び立った。戦争で多くの尊い命が失われた事実を認識し、その記録・記憶を後世に伝えねばならない使命があり、両市で手を携えて平和の道を歩もう」という理由で、友好交流協定の締結を決定した。
 今月8~12日に霜出(しもいで)勘平市長や男性ら4人がオシフィエンチム市を訪問し、協定締結を話し合った。旅費(1人あたり約37万円)は、市議会の可決を経て、市から出ていた。
 ところが、両市の協定に「祖国や家族を守ろうとした特攻隊員と、ナチスによるユダヤ人虐殺が、同質のものとして受け止められかねない」などと反対意見が続出した。特攻隊員の遺族や縁の人々も、多くが反発した。電話やメール、ファクスによる市への抗議は100件以上に達した。
 市総務課長の金田憲明氏は「(抗議の電話をしてきた人々に)市の立場を説明したが、理解してくれる人は皆無だった。これほどの拒否反応が出たことは正直驚きであり、われわれの勉強不足だった」と語った。
 南九州市は今後、友好交流協定を中止することについて、おわびとお断りの文書をオシフィエンチム市に送る。文書では「(日本)国内では、さまざまな意見が寄せられ、混乱が生じている。オシフィエンチム市にも迷惑をかけるかもしれない」などと説明するという。
 霜出勘平・南九州市長の話「市としては、平和な世界の構築に向けてメッセージを送り続けねばならないとの思いから、オシフィエンチム市との連携を試みたが、残念な結果となった。戦後70年事業として米ハワイ州のミズーリ記念館で特攻資料を展示している。外国の方々の特攻隊員に対する理解も進んでおり、今後も特攻の真実を伝える努力を続けていく」》