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2015.09.30 (水) 印刷する

「トランプ現象」を生んだ移民国家の亀裂 島田洋一(福井県立大学教授)

 下記は月刊正論に連載中の「アメリカの深層」の二回目である。2015年10月号に掲載された。次号が発売になるのを機に、ここにも転載しておく。
 トランプは新たに税制改革案を発表するなど、人気倒れに終わらぬよう務めている。不真面目(not serious)な候補、いよいよ失速などと米主流メディアは日々書き立てるが、トランプになぜ支持が集まり、容易に失速しないかは真面目に見据えねばならない。
 トランプは移民に厳しく臨むことを主張の柱とするが、大量に押し寄せる中東からの難民・移民でヨーロッパが大揺れとなる中、その説くところは、賛否いずれにせよ、さらに注目すべきものとなっている。
 朝日新聞とNHKニュースに頼って日本政治を判断すると確実に間違う。ニューヨーク・タイムズと3大テレビ・ネットワークのニュースに頼った場合も同様、確実にアメリカ政治の行方を見誤る。
 なお文中のジョン・ベイナー下院議長(共和党)は、党内保守派から不信任を突きつけられ、先頃、10月末での議長辞任と議員引退を表明した。

《■「トランプ現象」を生んだ移民国家の亀裂
 2016年11月8日の米大統領選までまだ1年以上あるが、目下、共和党候補で支持率トップを走るのが不動産王(公開報告書で資産約10兆円、年収約500億円)にして自称「視聴率マシーン」のドナルド・トランプ(69)である。そしてトランプの数々の「暴言」に眉をひそめて見せるのが、米国内外で良識派の証となっている。
 「相手が攻撃してくれば、より強烈によりえげつなく相手の急所に反撃する」「中国と交渉する時、一つ覚えておきたい。かつて日本は、遙かに少ない人口と兵力でありながら、戦争で中国を叩きのめした。軍国中国の影に怯える必要はない」などの発言に、確かに大統領らしい気品は窺えない。しかしタブーを気にしない独特の味があるのも事実である。
 8月6日の第1回共和党大統領候補テレビ討論会は過去最高2400万人の視聴者数を記録した。明らかなトランプ効果である。
 草の根保守に絶大な影響力を誇るトークラジオ・ホストのラッシュ・リンボーは「トランプ現象」を次のように解説する。「彼はアメリカの現状を本当に憂えている。オバマが進める国家解体はもちろん、共和党指導部の妥協体質に対し人々が覚える苛立ち、腹の底からの怒りを鮮やかに表現する能力を持っている。笑わせるのもうまい。彼は移民問題でどの候補より踏み込んだ案を提示した。実にすっきり分かりやすい内容だ」。
 黒人が白人警官に射殺されたとなると、事情も明らかでない段階で、「アメリカ人のDNAにはまだ黒人差別意識が組み込まれている」などと会見で語る一方、不法移民が殺人事件を起こしても沈黙を守るというオバマ大統領の対応に、多くの保守派はシニカルな党利党略を見ている。
 低所得・生活保護受給者層が多い黒人では9割以上、ヒスパニック(中南米系)では7割弱が民主党支持という近年の数字がある。全米で1200万人といわれる不法移民(ヒスパニックが中心)に恩赦を与え、選挙権を付与すれば、半永久的に民主党政権が続くこととなろう。
 議会(現在共和党多数)を無視し、大統領令で不法移民への特別滞在許可を拡大するオバマ政権に対し、共和党内の強硬派は予算承認権を武器に戦うべしと主張するが、党指導部は消極的である。「共和党のせいで公共機関が閉鎖され、市民生活に悪影響が出た」とアピールするに違いない政権側と世論戦を戦っても、主流メディアがオバマ支持の中、勝ち目はないというのである。
 また、移民労働力に頼る業界から、強制送還や雇用者の処罰は控えて欲しいと、共和党に陳情がなされている事情もある。
 保守派のトークラジオ・ホストで、新著『略奪と欺瞞』がノンフィクション部門ベストセラー1位となったマーク・レビンは、「マコネルとベイナー、すなわち共和党エスタブリッシュメント(既存エリート層)がドナルド・トランプを生み出した」と述べる。ミッチ・マコネル院内総務は上院の、ジョン・ベイナー議長は下院の、それぞれ共和党トップである。
 「メキシコは最悪の連中を送り込んできている」というトランプ発言は明らかに暴言だが、「政府や議会は、安価な労働力や票田を求める利益集団のためではなく、『われら人民』のために戦わねばならない」とのメッセージは常識的と言えよう。トランプは合法移民についても、その親族が優先的に米市民権を取れる現行システムは廃止すべしと主張する。「われわれの福祉システムにただ乗りする者が、汗水垂らして働くアメリカ市民の負担を増やすことがあってはならない」。不法移民の子であっても米国で生まれれば自動的に米国籍を取得できる現行法(無条件の出生地主義。アメリカとカナダのみ)の改正もトランプは公約に入れている。
 対照的に、共和党候補中、移民に最も寛容な態度を取るジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は、「流入阻止優先の政策は自滅的だ。先進国はどこも少子化傾向にあり、今後移民の取り合いとなろう。移民枠の拡大こそが不法移民への最大の抑止力になる」と主張する。このブッシュの認識はトランプらには受け入れがたいものだ。個々のゴシップ的「暴言」ではなく、トランプが議論喚起した移民問題の行方にこそアメリカ政治の深層を見たい。》