公益財団法人 国家基本問題研究所
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国基研ろんだん

2016.07.13 (水) 印刷する

理解に苦しむ柄谷氏の「憲法9条信仰」 髙池勝彦(弁護士)

 先の参院選では、憲法改正を求める勢力が議席の3分の2以上を確保し、改憲論議が一段と深まることが期待されている。
 少し古いが、6月14日付の朝日新聞で、同紙が、哲学者、思想家とあがめる柄谷行人氏にロングインタビューし、憲法を考える・9条の根源と題して、あきれたことを語らせている。
 少々引用が長くなるが、柄谷氏の発言は以下のようなものだ。
 「9条は、確かに、占領軍によって押し付けられた」が、「占領軍の強制がなければ、9条のようなものはできなかった」。「しかし、その後すぐ米国が再軍備を迫ったとき、日本はそれを退けた。そのときすでに、9条は自発的なものとなっていた」。「9条が、その後も保持されたのは、日本人の内部に根ざすものであったから」だ。
 柄谷氏によれば、「9条は日本人の…無意識の問題」であり、無意識とは、「フロイトが『超自我』と呼ぶもの」で、「状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません」ということだそうだ。
 柄谷氏はまた、「保守派は改憲を唱えて」いても、「いざ選挙となるとそれについては沈黙」すると指摘しているが、それは、「改憲を争点にして選挙をやれば、負けるに決まっているから」で、「改憲はどだい無理」だと決めつけている。
 驚くべきは、次の下りだ。
 「今の国連で常任理事国になる意味はありません。しかし、国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば、すぐ常任理事国になれます。9条はたんに武力の放棄ではなく、日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し、それがこれまで第2次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で、9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」
 こうした柄谷氏の主張は、夢物語でなければ、悪い意味での念仏であり、似非宗教者のお説教としかいいようがない。
 再軍備に反対したのは吉田茂で、戦後の疲弊した経済の再建を優先しただけである。保守派が選挙となると改憲を言わないのは、単に怠惰なだけだ。改憲が難しいのは、改憲条項があまりに厳しいからである。
 憲法96条は、改正には衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上による発議と、それをうけた国民投票による過半数の賛成を求めている。世界的に見ても極めて改正のハードルが高い規定だといえる。「マッカーサー憲法の毒が効いている」とも言われるゆえんだろう。
 そもそも、9条自体は、「交戦権の否定」を除けば、ありきたりのものである。柄谷氏の言う「9条を実行すると宣言する」ことの意味がいまひとつ不明だが、そうすることによって日本の常任理事国入りに賛同する国が続出し、国連が変わるという主張は、やはり理解に苦しむ。

 編集者注:本稿は歴史的仮名遣いにより執筆されていましたが、当方の判断により現代仮名遣いで統一させていただきました。